「ファミコン残酷物語」大覚アキラ

2022年05月21日

大学生の時にバイトしていたレンタルCD屋のK社長が、
「これからはファミコンの時代や」と生ビールを飲みながら言った。
翌週にはバイト先のレンタルCD屋は
中古ファミコンの販売・買取ショップに姿を変え、
なぜかおれはバイトの大学生なのに
店長として2店舗ほど任されることになった。

ボロボロでも説明書がついていればまだましな方だ。
箱ナシ、説明書ナシ、おまけにマジックで落書きされたカセットを
意気揚々と持ち込んでくる小学生たち。
当然、そんなソフトは買取不可なのである。
というかそれ以前に、未成年からの買取はNGなのだ。
自分の宝もの(だがゴミ同然)のソフトを売れば、
人気の新作ゲームを買えると思っていたガキどもは
資本主義社会の厳しさに打ちのめされ、うなだれて帰っていく。

稀に保護者同伴でやってくる子どももいる。
たいていの場合は発売直後の新作ソフトを売りにやってくる。
恐らく貯めていたお年玉を元手に、親に内緒で買ったのがバレたんだろう。
「これ、買取お願いします」と不機嫌な顔でいう父親。
隣では泣きそうな顔で俯いている男の子。
(親の財布から抜き取った金で買ったわけじゃあるまいし、
なんでアンタにこのゲームを売っ払う権利があるんだよ)
とも思うが、まあ当然そんなことは口には出さない。

買取金額は本部から週ごとにリスト化されファックスで送られてくる。
どんなに人気の新作でも、買取価格はせいぜい定価の半額か2/5程度だ。
この男の子が、コツコツ貯めたお小遣い5000円をはたいて買ったゲームは、
本部の買取価格リストによると2300円らしい。
箱もカセットもきれいな状態だが、なぜか説明書がない。
説明書ナシとなると、さらに買取価格は300円下がる。
「説明書がないので2000円での買取となりますね」
父親の不機嫌度がさらに加速する。
隣で俯く息子を睨みつけながら、
「おまえ、説明書どこやったんや」
「わからへん・・・なくした・・・」
「なんで買ってすぐなくすんや!」
「ぼくの部屋のどっかにあると思う・・・」
「なんで家出る前にちゃんと探さへんのや!」
「だって・・・」

結局、ソフトは2000円で買い取りとなり、
その2000円はなぜか父親が自分の財布に収め、
男の子は泣きながら父親のあとをついて店を出て行った。

おれは、その買取の履歴をレジには打ち込まない。
当時はまだパソコンすら普及してなかった時代だ。
POSだのオンラインネットワークだのというややこしいものも存在しない。
店内の監視カメラなんかも、もちろんない。
自分の財布から1000円札を2枚取り出し、レジに入れる。
これで、この新作ゲームは晴れておれのものになった。

もし、さっきの小学生が一人で戻ってきたら、
「もう絶対にオヤジに見つかんなよ」と言って
2000円でこっそり売ってやってもいい。いや、ぜったい売ってやる。

だが、彼はもう二度とこの店に来ることもないだろう。

おれは翌日、そのソフトを友人に4000円で横流しするのだ。
差額分2000円の儲けである。
バイトの時給が550円とかそんな時代の話なので、2000円は大きい。

その店はおれが大学を卒業した後もそれなりに繁盛していたが、
阪神大震災の後にあっさり潰れた。
K社長は夜逃げ同然でどこかに姿をくらましたらしい。

数年前に当時のバイト仲間から聞いた話では、
偶然乗ったタクシーの運転手がK社長だったそうだ。







大覚アキラ