「大学生の時に中学生とデートした話」大覚アキラ

2021年09月28日

「大学生の時に中学生とデートした話」

大学に入って初めてのバイトはレンタルビデオ屋の店員でした。駅前の商店街から少し外れたところにある、海沿いの国道に面した小さい店。基本的にはバイトがワンオペで回す、そんな規模の店。お客さんも3分の1ぐらいは顔なじみの常連で、中には店に来るたびに差し入れを持ってきてくれる40歳前後のガタイのいい空手家とか、閉店後に車で家に送ってくれる工場勤めの兄ちゃんとかもいました。そんな常連のお客さんの一人が、キミコちゃんでした。

キミコちゃんは中学2年生で、第一印象は元気でかわいい女の子、って感じ。お母さんと一緒にビデオを借りに来ていたけど、そのうち途中からはほとんど一人で店に来るようになったんだよね。はじめのうちはちょっと遠慮がちに「この映画みたいなので、おすすめのやつありますか?」とかそんな感じだったのが、そのうち「おにいさんはどんな映画が好きですか?」とか「いま、大学何年生ですか?」とか「次にバイトに入るのはいつですか?」とか、めちゃくちゃ積極的に話しかけてくるようになりました。
店が混むのは夜8時から10時の間くらいで、学校帰りに制服姿のキミコちゃんが来る夕方4時ごろはたいていガラガラ。だから、週に一回ぐらいしか来ないキミコちゃんとカウンター越しに話をするのは、まあ暇つぶしとしては悪くない感じでした。

これは思い上がりでもなんでもなく、たぶんキミコちゃんはぼくのことが好きだったんだと思います。当時のぼくは20歳そこそこ。そんなの、いまの自分から見たら「おまえも子どもだろうが」って感じだけど、当時のぼくにとって中学2年生の女の子はあまりにも子どもで、とてもじゃないけど恋愛対象とかそんな気持ちで見ることはできませんでした。実際、ぼくには4つ年下の妹がいるんですが、実の妹以上に幼い彼女は「妹みたいな存在」未満だったと思います。

2月。
バレンタインデーも近いある日、珍しくキミコちゃんがお母さんと一緒に店にやってきました。お母さんは坂口良子に似た美人で、ゆっくりと静かな声で話す人。
「今日は、この子がおにいさんにお願いがあるそうなので、聞いてやってもらえますか。もしダメなら気にしないで断ってね」
お母さんの後ろに隠れるようにしているキミコちゃんを背にして、お母さんはちょっと申し訳なさそうにそう言うと、キミコちゃんを残して店を出て行きました。


「おにいさん、あの、これバレンタインのチョコレートです」



きれいにラッピングされた小さな箱。
ああ・・・やっぱりそうか。そうなのか。
ぼくがどんな顔で受け取って、なんて言ったのかは覚えていません。

「それで、お願いがあるんですけど、あの、こんど、一緒に映画を観に行ってください」

その後のやりとりは、正直まったく記憶にない。


それからしばらく経って、約束通りキミコちゃんと二人で映画を観に行きました。場所は三ノ宮駅の南にある新聞会館(阪神大震災で被災し、現在はミント神戸になっている)。
待ち合わせに現れたキミコちゃんは見たことのないワンピースを着てて、いつもよりがんばっておしゃれしてきたんだろうな、と思いました。


あれ?

これってもしかして、いわゆるデートではないのか。

デートか。

デートなのか。

デートだよな・・・。


気づくのが遅いというか、何というか、バカですよね。でも、「これは中学生とのデートなのだ」と、改めて意識してしまったとたん、内心すごく動揺したんです。
傍目には、「いっしょに映画を観に来た仲のいい兄妹」くらいにしか見えないかもしれないけど、実際は違うのだ。いい大人の大学生が、中学生の女の子とデートしているのだ。これは、犯罪とまではいかないにしても、どうにもキナ臭い感じがするではないか。なんとか条例とか、青少年なんたらみたいな言葉が脳裏をよぎります。

そんな不穏な考えに怯えているぼくを尻目に、「たのしみだなー」と無邪気に喜んでいるキミコちゃん。

道行く人がこちらを見るたびに心の中で「あ! 違うんです! あなたが思っているような、そういうのじゃないんです!」と叫ぶぼく。
実際、誰もそんなことは蚊の目玉ほども気にしていないはずなのにねえ。

観たのは、ロードショー公開が始まったばかりの『レインマン』。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズのダブル主演で、サヴァン症候群の兄と、打算的で功利的な弟の、兄弟愛を描くヒューマンドラマ。ぶっちゃけ、あんまり得意なタイプの映画じゃないです。いや、たぶん自分からわざわざ観ようとは思わない種類の映画です。

当時のトム・クルーズといえば、『トップガン』、『ハスラー2』、『カクテル』と飛ぶ鳥を落とす勢い。客席はトム目当ての若い女の子で、ほぼ満席でした。
ところが、キミコちゃんはトムには全く興味がなく、その映画を選んだ理由は「ダスティン・ホフマンが好きだから」。『クレイマー、クレイマー』と『トッツィー』を観て大ファンになったのだとか。そういえば、『クレイマー、クレイマー』、何度かレンタルしてたよなあ、と思うぼく。残念ながらぼくはダスティン・ホフマンという俳優が、あまり好きではないのです。理由は特にないけど、なんか好きじゃない。

映画はつまらなかった。その時以来観ていないので、もしかすると今観たら、また違う印象を受けるのかもしれないけど、とにかく退屈で、眠気と戦うのに必死でした。
映画が終わって、売店でパンフレットを買ってあげたのを覚えています。キミコちゃん、めちゃくちゃ喜んでた。
よく覚えてないけど、その後は喫茶店でお茶を飲んで、一緒に電車に乗って帰ったと思う。

キミコちゃんとデートしたのは、その一回だけ。

デートの翌日、キミコちゃんのお母さんがバイト先にやってきました。
脳内で勝手に暴走するストーリー。「大事なうちの娘にあんなことを・・・どう責任取るおつもりですかっ!」「えっ、ぼく何もしてませんよ!」「まだ中学生なんですよ!」「いや、あの、えっ」・・・などという展開にはなるはずもなく。
パンフレットのお礼にと、なにやら高そうなクッキーをいただきました。こっちが恐縮するくらい「本当にありがとうございました」「すごくいい思い出ができて」と何度も礼を言われて、もしかしてキミコちゃんは不治の病で余命数か月とか・・・なんて思ったんだけど、そういうストーリーでもありませんでした。

3月。
春休みも終わりに近いある日、キミコちゃんが、借りていたビデオの返却に来ました。いつものようにカウンター越しに、質問タイムが始まります。

「そういえばまだ訊いたことなかったけど、おにいさんのいちばん好きな映画は何?」
「うーん、それはめちゃくちゃ難しい質問だなあ。一本だけ?」
「うん、ひとつだけ」
「すごく悩むけど、『ブレードランナー』かなあ」
「観たことないや」
「あ、あるよ、そこのSF映画のコーナーに。借りる?」
「ううん、今日はもう借りれない」

当時のレンタルビデオは、新作なら一泊二日で1500円、旧作でも500円とかはザラでした。中学生のお小遣いでは、そう何本も借りれないよなあ、なんてボンヤリ思っていると、


「あのね、引越しするんです。お父さん、転勤で。東京」


お父さんが転勤する、と。
お父さんの転勤と、今日ビデオが借りられないことに、どんな関係があるのだろう。
頭の回転が妙にゆっくりな感じになって、キミコちゃんの言ってる意味がすぐには理解できませんでした。

「だから、わたしも4月から東京の学校に転校するんだー」

あ、そうなんだ。

「だから、もうこのお店でビデオ借りれないの」

そっか。そうだよな。

「東京で、『ブレードランナー』借りて観るね」

いま思い出して考えてみても、その時にぼくが感じていたのが、どういう種類の感情だったのか、よくわかりません。

「『ブレードランナー』が、わたしのいちばん好きな映画になるといいなあ」

それがキミコちゃんと会った最後の日になりました。

あれからもう30年以上の年月が経ちました。あの時はすごく歳が離れてると思ったけど、この歳になってしまえばたった8つかそこらしか違わないんですよね。それどころか、大学生のぼくに「一緒に映画を観に行ってください」って言えた中学2年生のキミコちゃんは、すごく大人だったんだなあって思いますよ。

キミコちゃんは、『ブレードランナー』を観てくれただろうか。
いちばんじゃなくても、きみの好きな映画の一本に入っていればいいな、と思います。















大覚アキラ