「暗黒の朝日」湯原昌泰

2022年06月04日

 これまでの人生で最もゲームをした時期といえば、間違いなく二十代半ば、携帯電話でオンラインRPGをしていた頃になる。仕事もせずに1年以上、毎日12時間近くやっていたように思うが、今考えるとそれはまるで修行のようであり、だが誰にも誇ることのできない圧倒的劣等の時代だった。

「私が回復しなきゃみんなが死んじゃう」という言葉を見たことがある人もいるだろうが、この言葉は実際正しいのだと思う。僕は回復役ではなかったが、ある時期には壁役をやりパーティーを組んでいた。オンラインRPGをやったことのない人も多くいるだろうから補足すると、例えば倒したいボスがいたとして、しかし大抵のボスの攻撃力は強大であり、火力役や回復役のプレイヤー、つまり体力や回避能力にステータスを集めていないプレイヤーはたった一回の攻撃であっという間に殺されてしまう。だから壁役がボスの攻撃を一身に受け、その壁を回復役が回復する。その間に攻撃役の仲間がボスの体力を削る。であるから壁がいなくては、回復役がいなくては、火力役がいなくては強いボスを倒すことはできない。そこで「私が回復しなきゃみんなが死んじゃう」という言葉が生まれてくる。

 とはいえ現在のオンラインRPGのすべてが回復役を必要とする訳ではないだろう。そんな、五人いなきゃまともに遊べないというようなゲームは隙間時間にサクッと気晴らしをしたいという本来のニーズと合致しない。ましてや携帯ゲームなら尚更で、以前は禁止されていた自動狩りのできるゲームが今は主流なのではないだろうか。

 さて、僕はこのオンラインゲームで実にさまざまな人たちと出会った。例えばJさん。彼女は他の女性プレイヤーがアバター(見た目)を重視する一方で完全なる性能重視で服を選んでいて、上がサンタ服で下が袴という奇怪なスタイルであっても性能が上がるなら躊躇わなかった。女性の割にサバサバとしていたJさんは他女性プレイヤーたちからも人気があり、そのうえ戦いが大変うまかったので憧れている人も多かった。次にHさん。当時の僕は金を稼ぐことよりも自分が強くなることを求めていたが、そのHさんからは金を持つことでよい物が買え、それがそのまま強さに変わるのだと教わった。また、例えゲームであれ約束した時間にログインするということ。ゲームの中であれ人を待たせてはならないということも教えられた。ちなみにこのHさんとJさんはゲームを始める前からの知り合いであり、恋人同士でもあった。たまに繰り広げられる夫婦のような会話は僕らを和ませてくれた。次にTさん。Tさんはゲームを辞める時、心臓病にかかり手術が必要になったのでゲームを辞めると僕らに言った。今考えればあれは嘘だっただろう。Tさんはそれから数ヶ月後にひょっこりゲームに戻ってくる。そんなTさんであったが、この人こそまさに最強だった。僕のやっていたゲームでは最後に敵にトドメを刺した人がアイテムをもらえるのではなく、その敵に誰が一番ダメージを与えたかでアイテムの獲得権が決まった。また、アイテムはその人ひとりに与えられるのではなく、その人が組んでいるチーム全員に配られたが、Tさんがいる限りどのチームと戦っても僕らが負けることはなかった。要するにキャラクター操作においても、使っている携帯電話の通信速度においても(敵の出現する早さに差が生じる為、Tさんは新しい携帯が出ると通信速度を求めて最新機種に機種変更していた)、ゲームへの課金額の高さにおいても、Tさんは他を圧倒した。Tさんがいるからみなは勝て、勝てるからみなは楽しかった。Tさんからは仲間を絶対に勝たせるという責任感を。1位でなくては意味がないのだという突き詰めた自身のあり方を見せつけられた。

 そして最後にSさん。僕は彼女とだけは今でも連絡がとれ、実際に会ったこともある。初めて会ったのはゲームをやめて数年が経った頃。その時僕はすでに東京荒野を作り始めており、彼女は某所のキャバクラで働いていた。現在ではメンズエステに勤務しており、彼氏はヤクザだが優しい人なのだと聞いている。彼女は父親の顔を知らない。だから自分の父と同じ年代の男がくると全力で色恋をかけ落としにかかり、家庭が揺らぐくらい貢がせてやるのだと言っていた。余談であるが彼女から前記のJさんとHさんが実は同一人物だったと聞いた。つまりJさんHさんを同時に動かしていたということになるが、それを聞いて僕の中でのJHさんの評価は鰻登りにあがった。あの夫婦のような会話の尊さも勿論より増した。

 最後に、以前に組んでいたバンドのドラムが何を思ったか昨年末より一人でギャルゲーを作り始めた。ドラムは介護職についている一児の父であり、これまでにゲームを作ったことなど一度もない。自身でキャラを描き、自身でシナリオを書き、自身で音楽もつけると言う。人生でただ一つ、何かを作り上げたいのだと言うのを聞き、「じゃあお前が作ったゲームをやるまで俺は一切ゲームをしない」と言った。すると彼はより意気込み、最近ではギャルゲーを作る為にF X投資を始めたようだ。あれからもうすでに10年は経っている。僕はもうあの頃に戻りたいとは思わないが、あの人たちともう一度話したいとは思っている。








東京荒野