真魚を抱きしめていたい 泉由良

2022年03月25日


   1

流星があまりにも頻く降るので傘を閉じて歩いた
旅路だと想定しながら家路を辿った
場所(space)が無い
住居(address)はあるが、家(home)ではない
旅に出るのは心だけで充分なのだ
それでもときに
木の下で眠る人生でありたいと思う
朝はランプで湯を沸かす
屈強な男に生まれついていたなら
炭鉱の奥へ入り
独りで生きることが出来るだろう
そこでは世界中の光が
私の眼に届いただろう


   2

家に入ると時間が停止する
私の動作がどんどん床に落ちてもう跳ねない
                ぴちぴち金魚
上着を脱ぎながら私が少し溢れてしまう
冷蔵庫を開けた場所にも私が溢れ落ちている
部屋のあちらこちらに私が散乱して
まるで水たまり

十九のときに身投げしたきみの写真を
自室に置かなくなってしまったの
即死とどちらがましだっただろう
考えると頬骨が軋むだけで泣けない
それは悲しみではないから
きみは派手な下着が好きだった
ガーターベルトをしていた
処女のまま死んだんだね
ときどき
きみの夢をみるために眠る朝がある
                 ぴつぴつ金魚


  3

        。あっ。。あ、泡、
        あっ。。あぁ。。 
        。あっ。。あ、泡、
        あ?
        あわ。
        泡がどうしたの?
        お魚飼いたいんだよね。
        僕が貴女の奥の奥まで指を入れてね
        あわだよ
        いやじゃないでしょ
        いや、
        いやじゃないんでしょう
        いや本当は飼えないと思うよ?
        服着てる?
        私が何かを飼うなんて無理だって知ってるよ?
        でも魚になりたいっていうかね、
        。あっ。。あ、泡、。。
        私バスタブにいるの。
        服は着てる。
        /息。
貴女はいやらしくされてしまうね。
/息。
/息。        ──眠った? ねえ、寝てない?/息。
/息。
/息。
     To 21
    Subject Re:
       寝ちゃったみたいだから通話切るよ。
       おやすみ。
 ──溜息。



  4

最も触らないやり方で抱かれたい
詩がそれになりうることを感じさせて欲しい
だから幼い頃から足は開かず
年齢に見合わぬ文学を嗜んできた
嘗めるかのように
階段の隅で

  5

出会いたいということ
触りたいということ
抱きしめたり話し合ったり
他者を求めたいとき
私は私の周りに空気が満ちているので
とてもそれを突き抜けられない
水槽に浸した私の手が
充填されている水を抜けようと侵食して
触れたかったさかなにどうしても触れられないように
哀しい
けれど
接触なんてたかだかそれだけのもの
私は
ただ
真魚を抱きしめてみたい