「舞踏家・坂口シモーヌの休日」 飯田華子

2021年12月06日

 目覚めたら雨が降っていた。低血圧のあたしは、起きてすぐには動けない。干した下着が濡れていくのをぼんやり眺めていた。ベビーピンクのブラジャーとパンツは、ガーベラが刺繍されたデザインで、グレーの空によく映えた。
 普通なら慌てて取り込むのだろうけど、あたしはこんなふうにのんびりと色の調和を楽しんじゃうタイプだ。
 徐々に体に血が巡り、ゆっくりと上半身を起こした。すると、毛布からはみ出た右足の小指のペディキュアが剥げていているのを見つけた。昨日、トオルが執拗に舐めたところだ。
 トオルはあたしより二つ年下の三十五歳で、バツイチだ。出会ったのは半年前だった。知り合いの写真家が開いた個展のパーティーで、彼は人の輪から離れ、一枚の写真の前で佇んでいた。そこには足を上げて踊るあたしが写っていた。
 「この写真の方ですか?」
 近づいたあたしにトオルは言った。
 「ええ」
 「バレエか何かされてるんですか?」
 「いいえ、そんな型にハマったものじゃないわ。もっと自由でなんでもありの身体表現。そう、インスタレーションに近いかな。動きで空間を構築するような」
 ふうん、と要領を得ない顔で頷くトオルに、あたしは舞台のフライヤーを差し出した。
 「今度、詩の朗読とセッションするの。よかったら」
 そしてその舞台にトオルはやってきた。

 「この足にやられたんだ」
 トオルは言う。
 「舞台は退屈だったけど、君のこの足がたまらなかった」
 高校までサッカー部、現在は不動産会社の営業をしているトオルは、およそ「芸術」というものがわからない。写真家のパーティーは、仕事場のマンションを紹介した縁でたまたま招かれただけだという。本を読む習慣もないらしく、あたしのバッグから覗くバタイユを物珍しそうに見る。
 「ねぇ、これ、半年前からずっと読んでるよね。全然しおりが動いてない」
 「ゆっくり読む時間がないのよ」
 「ああ、スーパーと熟女キャバクラの掛け持ちだっけ。大変だよね」
 「いいの、あたしは舞台がしたくてこの暮らしをしてるから」
 「へぇ、あのつまらない舞台を」
 あたしはカッとしてトオルを蹴った。その足首をトオルは掴んだ。
 「見てて恥ずかしかったぜ、あの詩の朗読。小汚いおっさんが『母性』だの『絶望』だの大袈裟に叫んで。ギャグなのかと思ったけど周りはシーンとしてるし。君は深刻な顔で無意味な動きを繰り返すだけだし」
 「感じ方は人それぞれよ。ねぇ、『ここは笑うところです』とか『ここは悲しむところです』ってあらかじめ決められたものは窮屈じゃない?表現ってもっと自由なものだと思うの」
 「見てる俺はすごく不自由だったけど」
 「でも実験をすることに意味があるわ」
 「客を実験に付き合わせて3500円も取るのか」
 「だって、公演ってお金がかかるのよ。ハコ代とか、音響さんや照明さんのギャラとか...。出てるあたしたちには一銭もないわ」
 「面白くないから客が入らないんだろ」
 「トオルの言う『面白い』は笑うこと? ただ笑って、何も残らないような舞台がいいの? あたしはお客さんに何かを残したいの」
 「残ったよ、苦痛な時間だったってことだけ」
わっとあたしはまた泣いてしまった。大きな声で。あたしたちはラブホテルにいた。だからどんなに声を出してもいいのだった。
 セックスのたびにあたしはトオルに泣かされる。腹立たしい。なんにも分かっちゃいないくせに。上から目線で偉そうに。
 「それなら自分でやってみなさいよ」
 嗚咽をこらえながらあたしは怒鳴った。批判だけなら誰でもできる。企画し、宣伝し、体ひとつで観客の視線を浴びるー。これがどれほどのことか、一度も舞台に立ったことのないこの男に分かるだろうか。
 「だって君、好きでやってるんでしょう?」
 「そうだけど...」
 「なに、褒めてほしいの? よく頑張りましたねえよしよし、って? つまんないことをやっても努力したから? 君は幼稚園児なの?」
 あたしは言葉に詰まり、ぽとぽとと涙を流した。残忍な光がトオルの目に宿った。
 「あっ」
 突然足の小指をかじられ、あたしは声をあげた。痛みとともに甘い喜びが走った。本当はこれを待っていた。
 「はん、濡れてやがる」
 トオルがパンツの中心部をなぞった。泣いたあたしの体は火照り、どうしようもなく敏感になっていた。ちょっと触れられただけで火傷しそうだ。トオルの指に応え、どくんどくんと愛液が溢れた。いつものように。
そう、トオルの意地悪は前戯なのだ。それがわかっていても、あたしは毎回本気で腹を立て、泣いてしまう。だって舞台はあたしの人生だ。プレイだとしても、一番大事なものを粉々にされたら、平静ではいられない。
 ううん、本当は粉々にされたい。あなたの燃える手であたしをめちゃくちゃにして。そしてキスして抱きしめて。ただの女にして。
 ああ、でもやっぱり表現者でもいたい。ただの平凡な女はいや。あたしには普通と違う何かがある。そうじゃなきゃ帳尻が合わない。だってあたしは...
 「37歳か。バイト掛け持ちして舞台()やって。発狂しないでいられるギリギリの年齢だよな」
 そう言ってトオルはあたしの足の指に吸い付き、丹念にしゃぶり始めた。裸足で泥の上を歩いているような心地がした。小指、薬指、中指。泥に沈んでいく。
 「君の『表現』はどうしようもないけど、この足にはそこそこ需要があるだろうよ。...っていっても、もうトウが立ってるけどな」
 トウ。爪先。トウで立ちなさいとカミムラ先生は言った。あたしは七歳だった。クラスメイトが通っていたバレエ教室。チュチュとトウシューズに憧れて申し込んだ。姿勢が悪いとバシバシ背中を叩かれて一週間で辞めた。
 「この子は何やっても続かん」
 母はため息をついて言った。
 「もう辞めたっちゃが?」
 クラスメイトは驚いて言った。
 「やめないで」
 あたしはトオルの手首をつかんで言った。その指先はいま、あたしのパンツの中に差し込まれていた。ぬぷぬぷぬぷ。ぴちょぴちょぴちょ。泥の音がする。
 セックスって、一緒に泥に沈むことかもしれない。あたしはそう思い、そしてこれはいい言葉なので忘れないようにしようと思った。男に性器を触られながらこんなことを思うあたしは、やっぱり独特の感受性だ。あの写真家にはわからないかもしれないけれど。
 ふと、トオルと出会った個展の写真家のことを思い出し、苦いものがこみ上げた。
 あの写真家はあたしの舞台を見て、
 「あなたは雰囲気はあるけれど、雰囲気だけですね」
 と言ったのだ。
 「人前に立つなら、もうちょっと考えた方がいい」
 「あたしのやってることは『考える』とかじゃないんです。もっと魂のぶつかり合い。理屈ではなく、感覚で踊るんです」
 そう説明すると、
 「それにしては凡庸な感覚ですね」
 と真っ直ぐな目で言った。
 「感覚だけで勝負できるのは余程の天才です。きちんと構成を考えるなり訓練を積むなりしないと、お客さんのお金と時間をただ奪うだけになってしまう」
 ...ふん。頭の固いおっさん。芸術写真の個展をやっても、食い扶持はエロ本の撮影じゃないの。最近じゃその仕事も減って、街の写真館でバイトしてるくせに、偉そうに。三流写真家だから、あたしのこの感性のきらめきが見えなかったのだろう。あんな奴のことはさっさと忘れてしまおう。
 「いつか見返してやる」なんてあたしは思わない。わからない人にはわからない。それよりはあたしを認めてくれる人たちの言葉を信じたほうがいい。ずっとそうやってきた。
     なのに、このところあたしは嫌なことを思い出すようになっている。
 プレイとはいえ、トオルに自尊心を傷つけられると、その割れ目からどろりと黒いものが流れ出し、自分にはなんの価値もないようで胸が苦しくなった。けれどもそんなあたしにトオルは舌や指を這わせ、するとあたしは痺れるような快感とともに一気に救われるのだった。
 性的に求められることは、物凄い肯定感だ。ヒロインになった気分になる。
 この感覚をもっと味わいたくて、あたしはわざとネガティブになろうとしてるのかもしれなかった。心を痛めつければ痛めつけるほど、セックスは救いとなり、快楽が増す。
 「エロスとタナトスか」
 バタイユを読むあたしは(といっても『眼球譚』が15ページ以上進まないまま数年経つけれど)、こういうときについこんな言葉が出る。
 「え?何?」
 ブラジャーのホックを外していたトオルが怪訝な顔をした。
 「ううん。なんでもない」
 あたしは上目遣いで微笑んだ。うまく可愛い顔を作れたと思ったが、トオルは薄く笑い、
 「いつもながらすごいブラだな。少女漫画みたい。ほんとに君の自意識ってすごいよね。で、この夢みたいなブラから出てくるのが、こんなに黒い乳首ってのが、またいいよね」
と、あたしの右乳首をつねりあげた。トオルの手の中で、それは大きなラムレーズンのようだった。
 「はぁん!」
 トオルが左のラムレーズンに囓りつき、あたしは声をあげた。両乳首が乱暴に弄られるのは大好きだ。思わずガクガクと腰が動く。
 「相変わらずドMだな」
 トオルはあたしの髪をつかんで口にペニスを突っ込んだ。喉の奥に亀頭が当たり、むせ返りそうになるのを堪えると、涙とともにやたらと粘っこい唾液が出た。ジュルジュルと音を立て、あたしは頭を前後に振った。トオルがベッドに膝立ちになる。あたしは四つん這いになってフェラチオを続ける。べチン!とトオルがあたしの尻を打つ。
 「んぅ!」
 「動きを止めるな」
 べチン!べチン!べチン!
 股の間が熱い。寂しい。欲しい。
 「...お願い。あたし、もう...」
 するとトオルは枕元のコンドームを掴み、ペリッと封を切って装着した。この瞬間がいつもあたしは少し切ない。結婚はもうこりごりだというトオルは避妊にはぬかりなく、それはきっと称賛されるべき紳士の所作なのだろうけど、あたしとは一切の「つい」「うっかり」を拒絶するようで、この関係に未来がないということをあからさまにしてしまう。
 ー未来。あたしはトオルとどうなりたいんだろうか。
 ダメダメ、考えちゃ。「わからない」ってことにしなくちゃ。わかろうとしたら、都合の悪い感情が見えてしまうのだから。
 あたしはトオルにまたがり、コンドームに包まれたペニスを体内に飲み込んでいった。ぐっと腰を落とし、ヴァギナいっぱいにその形を味わう。それからゆっくりと動き始める。
 あたしたちは大人の関係。あたしは自由に生きる女。理屈ではなく感覚で踊る。わかる人にだけわかればいい。だから、たった一週間でバレエ教室を辞めてしまったことなど恥じなくていいの。
 わかってもらおうとしたら、辻褄を合わせようとしたら、自由な大人の関係ではなく持ち重りのある絆を作ろうとしたら、今までの自分にメスを入れざるを得なくなる。冷静に振り返り、場合によっては血を流し、その痛みに耐えなくてはいけなくなる。
  そんなのは怖い。できればそんなことをしないまま、一生逃げ切りたい。でも、逃げ切れないかもしれないともちょっと思う。
 ねぇトオル。もしかしてあなたは、眠り姫を助けにきた王子様じゃないの?あたしのこの逃げ続ける日々をブチ破り、現実に引き戻してくれるナイトじゃないの?あたし、本当の自分を見るのは怖いけれど、もしもトオルが抱きしめてくれるなら、その痛みに耐えられるかもしれない。どんなに恥ずかしい自分でも受け入れるー。
 トオルがあたしの腰を掴んで上半身を起こした。正常位に変わる。ペニスが深く挿入され、ヴァギナのヒダが蠢き、痛みに似た快感が体を貫く。
 「好き...」
 あ。思わず禁句を言ってしまった。これを言えばあたしたちのバランスは崩れる。だから今まで慎重に押し隠してきた。でも、崩れるなら崩れてしまえばいい。居心地のいい嘘より、剥き身の真実に触れたい。トオル、あたしを破壊して。そして再生させて。
 しかしトオルは聞こえなかったフリをした。
 ーそう。あなたはあたしを助けるつもりはないのね。...やっぱりね。
 それでもトオルの肌は熱く、汗ばんだ首筋に手を回すと、甘い気持ちが広がった。もっと密着したい。せめて今だけは。トオルの体を足で挟み込む。尻に力が入り、ヴァギナがペニスをギュッと抱きしめる。
 「イキそう」
 トオルの動きが早くなった。めちゃくちゃに腰を振って空っぽになる瞬間、少しだけあたしたちは溶け合ったような気がした。

 気づくとあたしはベッドの中でオナニーをしていた。ベランダの下着はすっかり濡れて濃い桃色に変わっていた。
 昨日はなんだか色々考えたはずだけど、もう覚えていない。最終的にはあんまり楽しい結論にならなかった気がする。だからあたしは忘れることにした。深追いしても仕方がない。
 けれど、手マンの最中に思った言葉ははっきり記憶していた。そうだ、あれをSNSにあげよう。このところ舞台がないせいで宣伝することもなく、すっかり放っていたけれど、やっぱりあたしは表現者なんだから、研ぎ澄まされた感性を時々見せつけなくっちゃ。
 あたしはスマホを取り出し、「セックスって、一緒に泥に沈むことかもしれない」と打ち込み、いや「セックス」はちょっと直截的かと「愛」に変え、しかし「愛って、一緒に泥に沈むことかもしれない」では不倫小説のようだとまた「セックス」に戻し、そうこうするうち面倒くさくなってベッドを出た。
 カフェオレを淹れてバタイユの続きを読もう。SNSにはその写真を載せよう。
 昨日トオルが来るかもしれないと思って部屋は掃除していた。けれどトオルはまだ一度もここに来たことがない。あたしもまたトオルの家を知らなかった。結婚を恐れる彼は、プライベートを明かし合うことを敏感に避けていた。
 せっかく色々整えたのに、と少し残念な気持ちで本棚を見る。『育ちのいい人だけが知っていること』や『運が開く17の方法』などは奥にしまい、手前にはバタイユやサガン、ジュネ、それにセルジュ・ゲンスブールとブコウスキーを無造作に並べていた。とはいえ、これを見たところで、トオルは何も思わないだろうけれど。
 トイレに行ってお湯を沸かそうとしたとき、チャイムが鳴った。
 「ヨシエ! ヨシエ! まだ寝ちょるんか? 洗濯物出しっぱなしちゃが!」
 母だった。
 「なんけ、この子は。あんげなもん干して」
 「...お母さん、来るときは電話してよ」
 「昨日何度もしたが」
 そういえば着信が入っていた。セックスの最中だったから放っておいたのだ。
 「あんた、まだやっちょると? ほら、あの、わけわからん踊り...」
 「やってるよ」
 「はーん。バレエも続かなかったち、変なことばんっかり。...あ、英語の本。あんた、英語読めっちゃか?」
 「いや、これはフランス語だけど」
 「フランス語読めっちゃか?」
 「読めないけど」
 「はは、格好つけちょる」
 そして母はリュックから安っぽい色彩のムック本を取り出し、本棚に入れた。『別冊すてきな奥さん 節約おかず』。サガンの隣に。
 「あんた料理しんやろう? これで作らんか」
 「...ねぇ、なにしにきたの?」
 あたしはだんだんイライラしてきた。母は構わず、
 「新大久保ちゃが」
 と告げた。地元の農協に勤める母は、最近、同僚の主婦たちとともに韓流アイドルに熱を上げている。皆で東京見物を兼ね、年に数回新大久保へ買い物に来るのだった。
 「わたしだけ、あんたにお土産あんから寄ったがね。待ち合わせちょるから急ぐじ」
 母は冷蔵庫を開け、テキパキとタッパーを詰めていった。
 「これ。干し椎茸にちりめんに、あと、煮物ね。高野豆腐好きじゃろ?」
 バタン! と勢いよく扉を閉めると、上に載せていたあたしの名刺入れが落ちた。
 「あらら」
 母はかがんで拾い、そのままあたしの名刺に見入った。
 「なんけ、これ。『舞踏家・坂口シモーヌ』って」
 「いいじゃん、放っといてよ」
 あたしは母から名刺をひったくった。
 「...あんた、この先どうすると?40近くでシモーヌって」
 「うるさいなー。もう時間ないんでしょ? 駅まで送るから」
 あたしは傘を手に取り、母を押すように外へ出た。
 「煮物は早よ食わんね、日持ちしんから」
 「うん」
 商店街を並んで歩きながら、あたしは仏頂面で頷く。
 「お父さんも、あんたんこと心配しちょったよ」
 「うん」
 「みんないつまで元気かわからんぞ」
 「うん」
 「そろそろ地に足つけんさい」
 「...うん」
 やがて駅に着き、改札を通った母は振り返って言った。
 「いつでん帰ってきていいからね」
 あたしは無言で手を振った。
 小雨の降る私鉄駅前は、焼き鳥屋の煙が立ち込めていた。中年女がレインコートを着せた小型犬を連れて通る。あたしの地元とそう変わらない風景。
 「♪お前と会った仲見世のー」
 昼営業をするカラオケ喫茶から歌声が聞こえてきた。
 「♪いつかうれるとー信じてたー」
 どうしてあたしのいる世界はこうなんだろう。モデルがインスタグラムにあげるカフェも、文化人が芸術論を交わすバーも、ここから一時間もしないで行けるのに、あたしの目の前では小型犬が糞をしている。図太い現実につながれたダサいものたちが、「お前もこっちの仲間じゃないか」とせせら笑う。ふわふわと逃げるあたしを馬鹿にし、絶対にいい気分にさせてなるものかと目を光らせている。
 「はーい、マロンちゃん、うんち出まちたねー。じゃあ、きれいきれいしましょうねー。...お!こらっ!マロン、待ちなさい!」
 中年女の手からリードが外れた瞬間、小型犬は脱走し、女はそれを追ってドタドタと走っていった。駅前に残された糞が雨に濡れていく。
 明日は9時からスーパーのバイトで、そのあとは客と待ち合わせて熟女キャバクラの同伴。春にまた舞台が控えているので、今のうちに稼いでおかなければならない。
 追ってくれる人もなく逃げ続けるあたしは、やがて自分から転び、自分につかまるのだろうか。
 ああ、帰ったら今度こそカフェオレを飲もう。冷蔵庫の高野豆腐なんて無視して、ケーキを買ってしまおう。どうせいつかつかまってしまうなら、その日までは絶対に地に足なんかつけるもんか。
 あたしはカラオケ喫茶の窓ガラスに映る自分の姿をまじまじと眺めた。トオルが「やられた」あたしの足は、スキニーデニムに包まれ、美しい曲線を描いていた。
 「♪夢はーすてたとー言わないでー」
 あたしは爪先立ち、傘を差しながら、あのバレエ教室でこれだけは覚えたアラベスクポーズをとった。
 「いいぞー! ねえちゃん!」
 カラオケ喫茶から歓声が上がった。

♡おわり♡




※この小説は、「東京荒野」10号(2017年8月31日発行)に掲載したものです。今回このサイトに寄稿するにあたり、改題・改稿しました。(2021年12月5日)

※「東京荒野」ホームページ https://www.tokyokouya.com




飯田華子