「れもん42歳厄年」鈴木陽一れもん

2022年03月10日

1980年の9月6日
愛知県の、たぶん半田市で
鈴木陽一は生まれたという。

物心ついて今に至るまで、ずっと名古屋市在住だが、産まれた病院は愛知県半田市だったんだよと昔、誰かに聞いたことがあるような気がする。
記憶違いかもしれない。
確かな情報ではない。
とにかく幼い頃の記憶がない。 

人によっては0歳や1歳の頃の記憶があったりとか、少なくとも幼稚園くらいからの記憶はあるらしい。
僕は覚えていない。
幼稚園での記憶は、たった一場面しかなく、それは『お遊戯』の時間だったのか?何なのかは分からないものの、チェッカーズ『ギザギザハートの子守唄』が流れていた。
お遊戯だとしたら何か踊ったりしているはずだけれど、そのイメージはなく、むしろ全体としては静かな園内という印象があるような...映像の記憶もないのでボンヤリと、部屋の後ろに荷物を入れておく棚があったのと薄暗かったような...お昼寝の時間だったのかもしれない。
曲タイトルが『ギザギザハートの子守唄』だからといって、けっして子守唄ではないのだから昼寝タイムの選曲にしては攻めていたことになる。

人生最初の記憶が一応『音楽』で、しかもサックスの入ったバンドだったんだなあと思えば、ややダサくはあるにしてもチェッカーズ、悪くないスタートに思う。


鈴木陽一れもん
今年の九月で42歳の厄年を迎える朗読詩人
その半生を振り返っていこうと思います


もうひとつ、幼い頃の記憶で印象に残っているのは
遊園地、あれは三重県のナガシマスパーランドだったかもしれない。家族、父、母、妹と父方か母方の祖父母も居たような。そこで、ハンバーガーを食べたという記憶。
シンプルな普通のハンバーガーだったと思うけれど、僕は「ホクホクハンバーガーおいしいね!」と言って大変喜んで食べた。自分の発した言葉として最古の記憶は、この『ホクホクハンバーガー』になると思う。 

幼い頃の記憶が少ないだけに、のちに僕はこの時のハンバーガーが何だったのか知りたくなりマクドナルドやロッテリア等でシンプルな単品メニューのハンバーガーを食べ比べてみたが、よく分からなかった。
なんとなくロッテリアが近いようにも感じられたがハッキリしないし、その商品自体の味どうこうよりも遊園地で遊んでお腹が空いたときにパーク内の施設で食べたのが嬉しかったんだろうと思われる。
あれは幼稚園児の頃だったのか、小学生になっていただろうか、それすらも分からない。
小学校での記憶も引き続き少ないのだが、なんとか手繰りながら...

次回は小学生時代を書いていきます。 





鈴木陽一れもん