「名付けなおすことの希望――佐峰存『雲の名前』(思潮社)を読む」ヤリタミサコ

2024年01月22日

 この詩集の帯の背には「名を与え続けること、」と書かれている。世界という外界は、人間にとっては残酷すぎる時がある。逃げずに眼をつぶらずに、それを受け止めるのは容易いことではない。このひりひりする世界であっても、佐峰は痛む心の自分たちを名付け直そうとしている。自分が自分自身を尊重するため、認識しにくい自他を受け入れるためには、常に名付けを更新し続ける必要があるのだ。
 人類の一構成員として自分が存在させられてしまった世界は生きにくい社会であり、理不尽でネガティブな要因に満ちあふれている。が、悲嘆するだけではない。前書きのように置かれた詩では、「霧は深くなるばかりだった/大きな歯が回る路地裏に/踏み込みながら/雲を思う」と詩集のテーマが語られる。暗い状況でも「雲」に仮託したヒューマニズムという意志を、佐峰は清冽な勇気を持って提示する。
「輪廻」「地殻の中で」「雲を呼ぶ」の3章はそれぞれのテーマを提示していて、「輪廻」では宇宙的な大きな時間の枠組みの中での人間存在が意識され、「地殻の中で」では日常の内部に仕掛けられた裂け目と、それを乗り越えようとする人間の生命力を見ることができる。「雲を呼ぶ」には、人間社会の奥底に存在するかすかな希望が描かれる。
 そしてこの詩集の特徴の一つが視覚的効果だ。「滑車」では、上下に2行ずつ互い違いの連が配置され、「翻訳」では、"s", "x", "e", "t", "i" という文字そのものをテーマとしている。ここには仕掛けがあり、順を変えて"exist"と綴れば「存在する」の意味になる。私たちは存在しにくい状況にばらばらに存在させられているが、自分の意志で真っ当に存在することは可能だ、というメッセージを受け取ることができる。あるいは、外界から理解可能な形態でなくても、しぶとく存在している、ということか。
「名刺」という詩では、「背後の窓の向こうでは/途方もない無音/手つかずの木が激しくしなっている」ような過酷な状況でも、「活字の氏名がくっきりと 影として/踏み止まっていた」と、名を持つ人間存在の確かさが明示される。「頬の季節」の最後の2行では「ひそめた文字を持ち寄れば きっと/新しい名前になる」と宣言される。佐峰が見出す「新しい名前」が、人間愛に満ちた希望として、清々しい光りになるのだと感じられる。





ヤリタミサコ