「未来への伝言」 待子あかね

2023年07月03日

詩集について思う事、考えたことその周辺について。

「未来への伝言」

詩を書いています待子あかねと申します。詩を書き始めたと、はっきりと覚えているのは、高校3年の秋。日記の延長で、言葉を綴り始めました。毎日のように繰り返し書いていると、少し心が静かになっていったことを覚えています。ただ、その時は、それを誰に見せることもありませんでした。今も、箪笥の奥にあり、時々、恥ずかしく情けなく懐かしく、読み返しています。

2000年、誰かに見てもらいたいと思うと同時に(本や詩集は読んでいたものの)書いている人との交流を求めて、ホームページを立ち上げました。
インターネットの中で、詩が読める、詩を書いている人と交流ができる。それは、日常的には、あまりなく、悲しい出来事があった翌年だったので、嬉しくわくわくしていました。

詩を投稿したり、ワークショップやオープンマイクなどに参加したり、そして、2003年6月、(それ以前のペンネームから変更し)待子あかねと名乗るようになりました。その後、度重なる引越があり、落ち着き始めた2006年12月、詩のイベントに参加したことをきっかけに、2007年から頻繁にポエトリーリーディングをするようになりました。

詩を書いて、ポエトリーリーディングのライブを主催し始めた頃、2008年、オープンマイクにて白昼社 泉由良さんと出逢いました。自分なりにできる形で残しておきたいと私家版詩集を作ってはいたものの、試行錯誤の連続だったので、詩集制作の話しを、色々教えていただき、嬉しく、そして、私家版『スカイツリー』を作り始めるきっかけとなりました。

全速力で走り続けていた(そうせずにはいられない)ような感覚だったと、今は思います。10年ほど経った頃、どすんと大きな音と共に沈みはじめ、それまでの勢い(エネルギー)が、一気に消失していきました。
(詩に関すること以外も含めて)いいことばかりではなかった日々の中で、2022年夏、衝撃的な出来事がありました。どうしようもないぐらい忘れたいことが多すぎて、日々を過ごしていくために、生きていくために、忘れよう忘れようという意識ばかりを働かせ、その結果、忘れてはいけないことまで脳内から消えていってしまいました。今迄、どうして過ごしてきたかも、あまり分からなくなっていました。

いろいろあって、どうしようもなく沈んでいたところを、それを呼び戻してくれたのは長年の恩人 白昼社 泉由良さん。

そうして、日々、支えてもらいながら、白昼社より、文庫本サイズの詩集『スカイツリー』を昨年秋、自撰詩集『スカイランド』を、先月、出版させていただきました。

『スカイランド』という詩集は、私家版詩集『スカイチケット』『スカイローズ』昨年出版された『スカイツリー』、そして今迄の詩集に収録のない作品、書き下ろし作品を含む20篇が収録されています。

待子あかねの詩と詩集について考えることは、自分と向き合うということに似ています。随分と前に、大切な人からもらった科白がふとした瞬間に思い出されることに、どこか似ています。
自分自身は、浮き沈み激しく変わったとしても、作品(詩)は変わらない。そこに確かにある。そこに確かにあることを、変わらない状態で、そっと包み、守っておきたい。日々変わり行く中で、日々、動いている中で、詩を、そっと包み、守っていきたい。大切に。わたしの大切が、だれかの大切に、ほんの少しでも届けばと、わたしの大切がほんの少しでもなにか響けばと、願っています。

同じ言葉(詩)でも、そのときによって、受け止め方、感じ方が違う。それを、随分前は、悲しくも思ったけれど、今は、ちがうことさえ美しく思います。

待子あかねにとって、
詩集は、待子あかねの断片であり、分身です。







待子あかね