「雨は夜更け過ぎに」中川ヒロシ

2024年01月11日

僕は24才のクリスマスイヴの夜、読売新聞の勧誘員をしていた。
僕以外は全員偽名で仕事していた。
1件の契約で8000円で、僕はだいたい1件か、2件の契約が出来る事は滅多になかった。
それでもその日の僕は、クリスマスイヴだから、何処かで誰かからの優しい言葉を期待していた。 
「クリスマスなのに大変ですね。頑張り屋さん」みたいな目線からの1件の契約を。
ところが、何処のご家庭も、せっかくの子供とのクリスマスの夜の新聞勧誘なんて、厄介者扱いだ。「警察呼ぶよ」とまで言われる。
全く契約が上手くいかない上に、その夜は雪まで、降って来た。
田中さんたちが「こんなクリスマスに契約なんか出来ない。真面目にコツコツ働いたらバカを見るぜ。昔やったように、祈祷師をやって稼ごうや」と、言い出した。 
何でも、部屋に当時使ってたデカい水晶の玉があるので、それを持って、火を焚いて、白装束で踊るそうだ。
田舎の一軒家なら、飛び込みで行っても感謝しながら5万は貰えるとか。 

「中川ちゃん、今から津島まで乗せて行ってよ。」
「中川ちゃんは念仏唱えてくれてるだけで良いからさ」なんて言う。 

僕はクリスマスに念仏を唱えながら白装束で踊っているような奴が、将来ロックバンドで成功すると思えないと、自分に悲観的な気持ちになった。
それは犯罪だよ。 
それでも燃える薪の上を素足で歩いたら、1000円ぐらいは貰えるかも?と思ったりした。僕もこの時、色々な支払いを滞納して、彼女にお金も借りていた。
雪はどんどん酷く、取り敢えず車に避難すると、カーラジオから「雨は夜更け過ぎに・・」とあの山下達郎さんのヒット曲が流れた。
みんなは仕事を続けるか、白装束で祈祷師をやるか、肩に雪を積もらせながら、外で揉めていた。
僕はその話し合いには加わらず、何処か遠い国の歌を聴くように、この曲を聴いていた。
それが誰の曲かも知らず、何かハイセンスなジョークのように感じながら・・・




中川ヒロシ