「電池切れ」冨井祐輔

2023年05月04日

AI太郎は東京で生まれた
タクシー運転手として街をまわっている 無
事故無違反 免許証はゴールド
しかし、ある日 踏切で立ち往生
あ、電池切れだ!
オレンジ電車はぐんぐん大きくなって近づいて来る
屋根の上にいた吾輩はぴょんとすぐに逃げ出した
AI太郎はバラバラになった
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 

部品は回収されて工場に運ばれた
そこで新たに組み立てられてAI花子になった
(とても美人で着物が似合う吾輩好みの黒髪である) 

吾輩はAI太郎のことを忘れてAI花子と暮らし始めた
(これから吾輩は親愛の情を込めてハナちゃんと呼ぶことにする) 

ハナちゃんは寿司職人
吾輩はハナちゃんが握った寿司が大好物である
特にサーモンには目がない
ハナちゃんがサーモンを吾輩の鼻に近づける
すると吾輩は狂喜乱舞して思わずハナちゃんの指までパクリと口に入れてしまうのだ
驚くハナちゃん それでも優しく微笑む
吾輩はサーモン一切れ食べ尽くし、皿には握られたご飯だけが残った
それを先生は何かぶつぶつ言いながら食べる
吾輩はハナちゃんにマグロも強請ったが先生は素早く食べてしまった
吾輩は先生の足に噛みついた
しかし、ケチな先生は何もくれなかった

先生の名前はよく知らぬが先生先生と呼ばれて、毎日机の上で文字を書いて生活している
ハナちゃんの兄弟姉妹達は文筆家であるが、上手すぎるゆえに物議を醸していた
吾輩が見たところおそらくハナちゃんも文才があるであろう
しかし、先生は決してハナちゃんには書かせぬ今どきなかなか古風な人物である
またそれが先生の誇りでもあるのだ

ところが先生はスランプぎみで電池切れであった
先生はハナちゃんに原稿用紙とペンを渡した
すらすらと書くハナちゃん
あっという間に400字詰め原稿用紙100枚!
あゝ恐るべき才能!(性能)

吾輩は人間の文字は解さぬが、先生の反応から察するに内容も格調高く素晴らしいのであろう 

うっ!

すると突然、吾輩は気分が悪くなった どうやらサーモンの賞味期限が切れていたようだ ついうっかり原稿用紙の上に吐いてしまった 先生はカンカンになって怒ったが、吾輩の名を呼ぼうとしてハッとした

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

にゃあ 







冨井祐輔