「T-theaterのこと 第一部 T-theater結成まで(4)」奥主榮

2023年04月09日

四 プレ公演

 三カ月ぐらいの準備期間を設けて、1996年の12月にT-theaterの第0回公演「地球人記録」は行われた。場所は確か西日暮里にあったSUNRISEという喫茶店だったと思う。
 全体の構成は、三部構成にした。地球人の生活がまだ平和であった「みどりの時代」と、悪徳のはびこり出した「鉛の時代」、行く先を失った「半島の時代」という三つの時代という設定にしたのである。最初の二部のタイトルを僕が決め、最後の部のタイトルに悩んでいたときに大村浩一が「行き場を失った半島のような時代」というアイデアを出してくれたのである。
 三部のそれぞれにキーになる美術を作成した。小平の鷹の台の公園の芝生の上で、僕の描いた下絵を元に、舞台用に大きな布に絵具を乗せていったのを覚えている。(あの辺は、ムサビがあるので、そういうことをしていても余り奇異な目で見られることはない。

 そういえば、大村が「現代詩手帖」に公演の告知用の原稿を送ってくれたのだけれど、何故か誌面には「T-theaterの第0回講演」と掲載されていた。思潮社というのは校閲力のない杜撰な出版社なのだと思った。常識的に考えれば、theaterを名乗る集まりが「講演」をやるわけないぐらいのことは分かる。そもそもこちらが送った原稿が正確に反映されていなかったのである。
 集客に関しては、「詩のフォーラム」の参加者が大勢訪れてくれた。ある意味では、仲間内の集まりみたいな要素はあったが、関西からもいらしてくださった方々がおられて、望外の喜びであった。
 また、嬉しかったのは(この公演に限らないが)刺激を受けた誰かが連鎖反応的に何かを始めたことである。その一つが、関西の詩のフォーラムの参加者によって「スクランブル百貨店」という有志によるアンソロジーが編まれたことである。後から「『あれは関東のTに負けるな』という意図で作ったんです」と関係者の一人に言われた。

 この公演のとき、大村浩一はDTMによる打ち込みを自分で行い、ラップを披露した。詩の朗読の場における、初期のラップへの取り組みの一つであったと思う。大村は、アメリカのラップのCDを聞きながら、日本語の詩の朗読にどのように取り入れるかを模索していた。このことは、明記しておきたい。後に参加する松岡宮は、「自分が初めてやると思ったことは、すでに誰かがやっていることに気がついた」という感想を漏らしたことがある。

 そういえば、当時、詩のフォーラムの参加者に「ちゃー」というハンドル名の方がおられた。非常に優れた感覚を持たれた方で、最後の作品は僕の原案でちゃーに原稿を書いていただいた。「川の物語」という作品で、川を主人公に一人称で語られる作品である。
 昔、人間は川とともに生きていた。子どもたちは川に入って遊び、大人たちは川の中から糧を得ていた。しかし、やがて人間は川の護岸を固め、汚水を流し川を苦しめるようになった。そうした話を、ちゃーは情感豊かな作品に仕上げてくれた。公演のとき、僕は緊張していて気がつかなかったのだが、客席で涙を流している方もおられたらしい。
 ちゃーの連絡先も失くしてしまったが、何らかの形でまだ作品を描いていて欲しい方の一人である。

第一部終了

2023年3月31日





奧主榮