「T-theaterのこと 最終回」奥主榮

2024年02月07日

最後に

 四半世紀ばかり前、詩の朗読の舞台集団T-theaterを僕は立ち上げた。前にまとめたように、当時は「詩の朗読」というと、公民館の一室を借りて研究会の一環として地味に行われることが多かった。ただ、1970年前後のオーラル派の詩人たちの活動を知っていた僕は、僕なりの「詩の朗読」をしてみたいと思っていた。横のつながりをサポートするような媒体がなかった時代。同時発生的に発生してきている流れに触れることはなかった。暗中模索で歩いてきた気がする。
 創作という行為は、極めて個人的なものである。ある意味、周囲との交流を拒んだ異常者の行為とも言えるかもしれない。そうした現実と向かい合いながら、集団で何かの表現活動を行うというのは、どのような意味があるのかと考えてきた。

 最近、一本のドキュメンタリー映画を見た。「モリコーネ 映画が愛した作曲家」という一本である。映画音楽作家であったエンリオ・モリコーネを描いている。僕がモリコーネの音楽に触れたのは、いろいろなことに興味を抱き始めた中学生の頃であった。イタリア映画「殺人捜査」の主題曲を手がけていた。警察官の起こした殺人事件が、権力者の手によって曖昧にされていくという映画の内容に、社会的な問題に興味を持ち始める年齢の僕は惹きつけられた。映画そのものは見ないままに終わったが(高校のときにテレビでようやく見た)、テーマ曲を収録したシングルは手に入れた。電子音楽的な、無機質な曲調が印象的であった。権力による犯罪の隠蔽という、乾いた内容に似合ったものだと思った。短い解説文から、モリコーネがイタリア映画の代表的な作曲家の一人であると知った。
 同じ時代に公開された映画は、こんな作曲家が音楽を手がけていた。「ある愛の歌」(フランシス・レイ)、「ゴッドファーザー」(ニーノ・ロータ)など。どなたも、映画監督の意図に合わせて、感動を盛り上げようとするタイプの作曲家だった。おそらく、監督からも製作者からも気に入られるような音楽を作ってしていた。それは、レイやロータの過去作品に遡っても同じ印象を受けることであった。ただ、モリコーネの音楽は、少し違っていた。
 映画の中に、マカロニ・ウェスタンと呼ばれるジャンルがある。ウェスタン、いわゆる西部劇は、アメリカ映画の中で、ある時期までは「アメリカ開拓(実は侵略)史」のようなジャンルであった。そうした中で、節度のある生活を送る開拓民たちの(先住民の自衛行為を暴力と捉えた)定型描写満載のジャンルが確立する。しかし、そうした映画が内包していた、「力こそ正義」という価値観が悪趣味に誇張されたイタリア製の西部劇が生まれる。それが、マカロニ・ウェスタンである。(悪趣味という言葉はネガティブに受け取られるかもしれないが、僕は悪趣味とされる映画は大好きである。あぁ、つくづく「マッドハイジ」という映画を見そびれたことが悔しい。「唐獅子仮面」は絶対に観るぞ。同じ監督の「女体銃(ガンウーマン)」は観たけれど。ああ、またしても余談に走っている。)
 モニコーネの映画音楽作家としての仕事は、そんな、当時は低俗とされた活劇の音楽を担当することから始まった。映画の冒頭の部分で、主な登場人物のストップ・モーションにかぶせて、「善人」「悪人」「裏切者」といったキャプションを入れてしまうような、外連味たっぷりのB級映画である。そんな、駄菓子のような映画の中で屹立した作品を残している音楽家として、僕は最初にモリコーネを記憶した。子どもの頃には知らなかった。モニコーネは、低級な娯楽作品と呼ばれるような映画に対しても、最大限の敬意を払って音楽を付けていく方であったのだ。

 欧米では、映画音楽のような娯楽作品を手がけることは、まっとうな音楽家の仕事ではないという観念が支配していた時期がある。(今もそうかもしれない。) 先述のフランシス・レイは、複数の音楽家が実名を秘匿するために設けられた作曲者名であるという話も耳にしたこともある。けれど、そうした中でモリコーネは引き受けた仕事を全うしていった。音楽学校での同僚が評価されていく中で、娯楽作品の中で自分が得た技法を昇華させていく。自然音を基調にした現代音楽を聴いた直後、映画の中で、天水桶から漏れる水音、虫の羽音、暗闇に待ち伏せる男たちの息づかい、列車のブレーキの音、といったものどもをテーマソングとして創り上げ、成功している。
 僕の聴いた、電子音による「殺人捜査」のテーマも、そうした実験精神の延長上のものであったと、そう思う。

 モリコーネはその後、「海の上のピアニスト」、「ニュー・シネマ・パラダイス」といった作品で知られていく。ただ、そうした作品群のどれもが、映画の主題に合わせて盛り上げるといった姿勢とは無縁なものであった。むしろ、監督自身が自覚していないテーマを作品から拾い出し、それに添った音楽を生み出していった。(こうした知見に関しては、ドキュメンタリー映画である「映画が愛した音楽家」によるものである。) 物語が本来持っている感動の要素とは異なる、別の感情を受け手に励起する音楽を加えることによって、作者の意図とは別のテーマを見つけ出し、それを具現化するという発想は面白いと思った。
 T-theaterに、紀ノ川つかささんが参加したことがあった。詩のフォーラムに投稿されていた「病の床」という作品が面白いと思ったので、僕が誘ったのである。詩の内容は、映画やドラマで大仰に描かれるような深刻な病ではなく、どうということのない病気で寝ている市井の方の心情を描いたものである。自分の日常を、何やら大層なものと対比させて描く視点が面白いと思った。ただ、実際に舞台化するときに僕は違った解釈を考えた。「この詩、本人が自覚していないだけで、実は深刻な病気だったという解釈にしたら、面白いな」と思ったのである。そうして、演出を加えた。
 実作者の意図とは別に、新しい解釈を上乗せしていく。そうした行為は、とても刺激的なものだと僕は思っている。ある意味、集団でやる舞台として、これほど確信犯的で暴力的な表現活動はない。そんな意味で、僕は集団で行う詩の朗読が機能してほしいなと考えていた。予定調和の舞台は、大嫌いだ。

 この連載は、この回で終了する。もう僕は高齢である。体力は衰えている。前の回で、僕はT-theaterの再開を望んでいる岡実氏とのエピソードを書いた。しかし、こんな口うるさい爺の企画を、誰も面倒だから引き継がないよ、とか思いつつ、未練がましくT-theaterのことについての原稿を勝手に書き始めた。我が侭を言い、抒情詩の惑星での連載を許していただいた。湯原さんには、感謝するしかない。

 数年前から、自分が書くものは遺言のようなものだと思うようになり、何らかの形で誰かが参考にしてくだされば僥倖であると思っている。それが反面教師的なものであろうが。
 「また、T-theaterをやりませんか」という話を聞いたときには、「誰かが勝手に名前を継いでくだされば」としか言いようがなかった。そんな気持ちで、こんな連載を続けてみた。(勝手に名前を継いでくださる方に対しては、全力で協力させていただきます。)
2023年 12月 15日





奥主榮