ようこそ現代ポエムの世界へ

私誌東京
抒情詩の惑星 


専門家や愛好家ではなく、すぐ隣にいる誰かに通じようとする詩
ことばと人間復興ー

扉絵:Kanon


最近、猛烈に脇腹が痛く、
また肋骨にヒビが入ったかと病院に行き、
レントゲンを撮るも異常なし、
「神経痛ですかね」と言われ、
これは何だ、何のための痛みだ、と腹をおさえる。
たとえば、
結石が詰まって便所でのたうち、
救けてくださいと涎を垂らせば、
異物、濾過不全、霞ヶ浦と巡って結石の花が咲く。そこに観音も立つ。
1センチ未満、1グラム以下の石でこれだ。
お願い先っぽだけじゃねぇよ、胎児は一体何キロだよ、と見ることもできる。
あるいは左膝が割れれば、
祖父も生まれつき左足が動かなかった、
父も生まれつき左肺が小さいと、
そこに俺の血も見える。
まぶたの上を切った。
小指の骨を折った。
全部左側だった。
で、今回の脇腹も左ではある。
しかし、
何これ?
なんで俺がこんな思いすんの?
いつまで親の脛かじんだよ。

...

存在のそれほど苦ではない重さ
砂 砂 砂 砂
砂 の ひとつぶ ひとつぶの存在が
取るに足らないものとして、それでも
砂漠に吹く風は乾いていて、目に痛いらしい。

視線を下に向けてしまうと、
君は 人生を投げ出しているように
見えてしまう。うなだれているように
見えてしまう。誰かに頭を垂れるように
君は 本当はどんな人間であったのか
砂漠の上で知る者はいない。

砂 砂 砂 砂 砂漠で
前を向けば 目をやられる。下を向けば
心を手放してしまう。空だ 空だ
空を見上げれば 良いのだろう。
強く生きようと君は 安直にも
孤独な砂漠で空を見上げる。
誰もいない砂漠で 誰かのよくある言葉を
頼りにして。
存在のそれほど苦ではない重さ
砂 砂 砂 砂...

酒に飽きて
意識がどん詰まりになってきて
半日、ドラッグについて調べていた
53年間の人生でオーバードーズを二回したことがあるが
もう自分の意志では人生がどうにもならないという感じ
でもまだ生きたいと思っている

好きでやってることなので、時々我々仲間同士では、いつでも辞められるよう、無理するのは辞めよう言ってたし、場所も一カ月前からしか予約出来ないので、翌月の予定しか立てられない。初めは伊牟田耕児さんの追悼をしようということでゴーレム佐藤さんと、佐伯武昇さんと私ではじめました。
運動という名が付いているけど、運動らしきことは全くしていない。駄洒落的にアメリカの公民権運動を音でもじっただけだった(当時の事を知る方々のお話しでは、数十年前の公民館運動の名前の由来もたしかそんなだったそう。
昔の公民館運動のことは体験していないのでどんなことが起こっていたのか未だにわかりませんが、ネーミングが共通していたのは面白いこと)我々は身体を動かすのはともかく、スポーツも社会運動もどちらかというと苦手である。
...

ジャミラの故郷は地球
のフランスはパリから汽車で三時間
五十歳にして
日々の生活に老け込んでしまった母と
婚礼を間近にひかえた ひとりきりの妹
湖畔の貧しい村にひっそりと住んで
宇宙開発の事故に遭ったジャミラの墓も
そこにあった

水も空気もない星で
身長50メートル 体重1万トン
怪獣の躯体にまでなって
繋いだ生命
ジャミラは見えない円盤に躯体を折り畳んで
人類への復讐に執念を燃やした
りはしなかった

実年齢よりも年老いた母は
涙に曇った眼で両手を差しだし
ジャミラの人差指を頬に寄せた
妹は もうすぐ着ることになる
花嫁衣装を両肩にあてがい
兄さんと おなじ色の服よ
見開いた眼のままで微笑んだ
ジャミラは みぎゃあと ひとこと
なつかしい湖に霞む冷気が
生命にかかわるほどつらくなり
ウルトラマンとの闘いに

手応えのない
社会運動からの帰りに
コンクリ橋を
渡る

渡りながら
思ひ省みるのは
先程の野外講堂での
出口のない掛け合いや
可愛い丸書体の横断幕や
たなびく白髪と赤い鉢巻や
休日手当目当ての若者や
飽きてきている子供や
騒ぐ事務服の一団や
其処で
顕になつたのは
年金暮らしの逡巡や
条件次第の改心や
揺らぐ信念や
・
・
まばらな拍手は
帰り仕度に飲み込まれ
故郷の空は
相変わらず身窄らしく

アノオオキナ疫禍ヨリモ前カラ
アノオオキナ地震ヨリモ前カラ
アノオオキナ恐慌ヨリモ前カラ
アノオオキナ戦争ヨリモ前カラ
つながつているものが

手心を加えて出費を大きく見積もります。すると喫煙をする僕は食生活がどうしてもきつくなる計算になります。本日は晴天也にて素通りをなさる方々に恵まれました。ま、kさんのアドバイスでも聞いて渾然一体とさせておいて下さい。手慰み程度にシケモクも継続して溜め込むつもりです。夜はお腹が空かないようにとpray(祈る)するように、7時過ぎには薬を飲み、早めに眠るようにしながら、夜中に起きてしまっても一息入れてから再度布団に入ろうと思います。今月は食料品にお金を使い過ぎました。食事の前に、盛り付けた物を写真に撮っていました。遣り繰りにいくら頭を捻っても、胸算用では役に立たない事にも勘付きました。そろそろ意地汚さを出すかな。6000円もまとめ買いするのをやめて、パンの安いのを探したり、納豆をおかずにした...

小学校2年生の時である

当時は千葉県習志野市の津田沼という街で暮らしていた


菊田商店街というのがある

アーケードがあってどの街にもある様な、これと言った特色の無い商店街

そこにフェニックスというプラモデル屋があった

フェニックスの2軒先だかに薬局があった


今や大人もハマるガチャガチャ、子供の大好物である


薬局の出入口の隣に自分の身長よりちょっと短い一本脚に乗った古びたガチャガチャがあった


「これはなんだろ?」

全く気づかなかった、今日初めて気づいた


箱が3つほど横1列に並んでいるだけだ

そして「楽しい家族計画」とだけ書かれている

現金の投入口には「¥500」とある


とりあえずわかるのは僕の好きなガンダムでは無いこと

そして¥500である

普通のガチャガチャ5回も出来るの?!


なんだこれ?楽しい家族計画とは?

...

googleフォトの検索ワードに
おじさん
と打ち込むと
自分の写真がたくさん出てくる
もうおにいさんではないのだ

なぜそのようなワードを打ったか
おじさんを探してた

故郷の小さな町を歩いていた
いつも白いワイシャツ姿
でもおそらく働いていない
左手には使い古したビニール袋 中身不明
右手には晴れの日も雨の日も
差されることのないビニール傘
知らない人
周りの大人とちがうひと
変なおじさん

公園には入ってこないから
フェンス越しに見つめた
尾行したやつが言ってた
家は大きくて草ぼうぼうだと
家族はたぶんいないと
名字は◯◯だと
子どもはけっこう残酷だと

話しかけたら
エリマキトカゲのように
傘をバサッと開いて
追いかけてくるって
こえーっ...

七年前に一日だけやらせてもらった個展を
同じく練馬区立美術館・区民ギャラリーにてお盆に4日間開催できました
「好きな絵を描いてよい 馬野ミキ個展」
搬入と搬出を含めると計6日間
会場は一日4000円で借りられます
公共の施設なので安いですが競争率が高く、お盆しかとれなかったわけです
資金はクラウドファンディングを中心に募ることが出来ました
4日間の来場者は230人前後
その搬入/展示の様子を記録しました
あえて強い演出や編集をいれていません
寝る前などにどうぞ

ネオンのねじれる陋巷で
あなたは書店店員です
後ろ手にしばられても
赤い花の綻ぶ瞬間を売りさばく
ことばがことばでありうる国で
あなたはことばを
ことばのまま売りさばく

私も まぁ書店店員です
この国では
誰もことばを買いません
口から昆布が垂れます
目から飛び出すひまわり

郵便バイクにまたがって
私も書店店員です
ことばがことばでない国で
白地に赤丸の旗で
ことばの束をくるめば
売れる日もあります
書棚には声の抜け殻
海風がさらっていく
たったひとつの接続詞を

ががんぼの影が
最後のことばを持ち去ってから
私は地平線を売って食べています
あなたの国で
赤い花は何円ですか




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