過去の記事

日が傾きはじめた頃、突然、風向きが変った。
峡谷を取り囲む尾根に霧がかかり、気温は急激に下がっていく。ロープの裏側にいるアリの頭上を流れている川も、今では霧に覆われてしまい、水音さえも仮想現実的な歪みを帯びて聞こえてくる。
数分前まで熾烈な熱波を放っていた太陽は神隠しにあったように消えてしまった。アリはロープの上に這いあがり、五感を研ぎ澄ます。すでに視界は360度、真っ白い霧に覆われている。
触角を頼りにアリは歩きだす。暑さで渇ききったアリの身体にとっては救いの霧である。今のうちに距離を稼いでおこうと思い、アリは足を速める。かつてない程の快適なペースでロープをつたっていく。

「チャリーん!」

「ポチっ」

「ガタン!」

さっ!

「これメスだ」

「?!」

「このコーヒー、メスです」

缶コーヒーにオスとかメスとか性別ってあるの?
そして購入者より先にその缶コーヒーを奪う様に握り、その性別を判定する

これが品田さん

品田さんの奇行は数しれず、誰もいない事務所の隅で灯りも着けず預金通帳を眺めて笑っていたり、デジタル時計の数字が変わるのが好きで常に携帯を見ている

「51、52、53、54、55、56、57、58、59、00」
この00の瞬間、キラーン!と笑顔になる

とにかく妙な職場だった。

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2030年のはじめの月曜日に雨が降った
その次の月曜にも雨が降った
それから夫人は、月曜日には雨が降るものだという確信に至った
そして月曜日にはよくないことも必ず起こる
最初の月曜日には傘が壊れたし
その次の月曜には地下鉄が五分遅れた
夫人はそれを月の裏側の呪いと呼んだ
次の月曜にも雨が降った
しかし、その次の月曜はよく晴れた
夫人は裏切られた気持でいっぱいになった
その、いわゆる「第四の月曜日」に夫人は身支度を済ませると銀行から大金をおろし
鉄道を乗り継ぎ、雨がふっていたK地方にまで出かけた
夫にはテーブルに手紙を書き残しておいた
「心配しないで!いつか月曜日は終わる!」
K地方の中心地区の駅前で宿をとった夫人は
窓にしたたる雨粒を見つめて声に出してこう言った
「ほうらやっぱり!月曜日には必ず雨が降る」
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INTERMISSION(休憩) (1) AMラジオ

URCのことについての話題が長く続いているが、少し別の話題も織り交ぜておこう。(次回以降もまだ、URCの話は続きます。)

昔、ラジオやテレビのアナウンサーというのは、それほど速くないペースで標準語を使って話していた。個性よりは、むしろ正確な日本語とされるコトバを用いることを求められていた。これは、テレビが普及する前の、ラジオしかなかった時代からのことであると思う。
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四十年以上前、まだ大学生だった頃に、ボランティアとして募金活動をしたことがあった。交通事故で働き手を失った家族への援助活動であった。

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アリは以前、軍隊に所属していた。
陸軍だったアリは海軍に憧れていた。海を旅してきた者たちの話をいつも真剣に聞いていた。アリはいつか除隊して、世界を旅して回ることを夢見ていた。
アリは軍隊に馴染めなかった。集団生活はそれなりにこなす事はできた。仲間たちとの共同作業も率先して行った。老衰したトノサマバッタを運ぶ任務の指揮官を任されたこともあった。だが時折、無謀な戦闘も行われていた。長期に渡る終わりの見えない戦い。スズメバチの巣を襲い、何百匹もの繭を略奪する作戦には二度と加わりたくなかった。
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Crossing Lines というインターナショナル・ポイエーシス・ウェブサイトで紹介されているサウンドポエトリーについて、レビューします。このサイトは、英語と日本語、視覚詩(ヴィジュアルポエトリー)や音声詩(サウンドポエトリー)、写真やアート作品など、詩のいろいろなスタイルが実験されています。そしてサウンドポエトリーは文学と音楽を橋渡しするもので、言語の意味や構文よりは音そのものを楽しみます。目や耳に直接訴えかける感覚を大事にする視覚詩と音声詩は、言葉の意味を越境する仕掛けです。
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「詩人が書けば詩」の僕と「詩を書かなくては詩人になれない」人々との間には、ばーっと広がる11次元の宇宙があったので報告書を書くことにしました。...

還暦少年と
60歳の誕生日のイベントにタイトルを付けたが
少年というか子どもだと思う
子ども扱いに甘んじている
古くなった家の修繕を今年したが
俺に一切相談はなかった
両親が勝手にしている
まあ金を出すのも両親だが
家の呼び鈴が押されて誰もいなかったから
玄関から外に出たら
外にいた父親に
外に出るなと一喝された
外で人に見られると何を言われるかわからないと
平日の昼間だから
透明人間にならないといけない
母親がやっている草むしりも手伝いできない
息子は基本外に出ないほうが都合がいいようだ
家のすべてを両親がやっている
俺の出る幕はない
意見も求められない
甥っ子に何も渡したことがない
誕生日のプレゼントとか
班になっている家の集団でやる草刈りも
高齢の両親のどちらかが行っていた
俺が行くという発想はないようだ
...

今日は4:00に起き
自分が住んでいるわけではない街のゴミ収集バイト
いわゆる仕事はじめ
まあこの人生を仕事だと捉えれば
俺の仕事始めは
1989年の8月21日で
この日から一日も休んでいない
だからどーしたーーー

究極Q太郎さんの詩についてこういう感想はなさそうなので、わたしだけの感覚かもしれませんが、究極さんの詩を読みながら、わたしは理由のはっきりしないもどかしさを感じてきました。この感覚があることで、さらに詩に世界に惹きつけられる。そういう種類のものです。
これはなんだろうと、かねてから首を傾げていたのですが、この感想文を書くにあたって、改めて考えてみることにしました。
そして思い当たったのが、稲垣足穂がつまらない小説を批評するのに使っていたという「懐かしいものがなにもないじゃないか」という言葉です。(これは関西弁で言われていたようですが、インチキ関西弁にならないように東京の言葉で書きました)
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大人になれば
バブルの頃に流行った
Maxmaraの100万超えの
ギンギンのテディコートを
自分の給料で
普通に買えるようになると思っていた

けれどもそんな未来は訪れず
郊外に等間隔に並ぶ
ハードオフやセカストで
好きなブランドの新品タグ付きの
ワンピースを見つけては
喜んで着ている
靴は大体木更津アウトレット
好きな服の系統も価格帯も
一生LUMINEで止まっている

節約している専業主婦の友達も
子供にお金がかかるから
自分の服はメルカリで買うと言っていた

幸せの形が変わったといえばそうだろう
だけど何となく寂しい


頬にうける心地よい風が、アリの思い出を呼び覚ます。懐かしく優しい記憶への旅。あの頃の時間の流れと、今の時間の流れが、同一線上にあるとは思えない。

白いシャツがよく似合うので
正義の白T少女と呼んだりした
きみはわらっていた
ぴんくの人喰い熊の血飛沫Tシャツも
ひがん花の絵を私が描いたTシャツも
白を選んだ
きみは

露骨なほどに裸にされた深い谷間を見上げるアリは、逆さまの体勢のまま、期待と不安の狭間をくぐり抜けていく。
陽射しは午後になっても衰えることはなく、烈しい炎のむちを足元に打ちつける。アリはかろうじて火の粉をかわし、ロープに敷かれた一本道、アリの子一匹通れるほどの隙間を歩いていく。それは陰影の最も濃い部分、無重力の虹の橋。
遠くで呼笛が鳴り響く。鋭いくちばしをもつ瑠璃色の怪鳥が喉を震わせる。
「この限りある我が歌声を、無駄に終わらせたりはしない」
危ういほどに澄んだ目をした恋人は、鳴き方さえも思い出せないまま、湖の対岸へと旅立っていく。その恋人を想うかのように、瑠璃色の怪鳥は喉を震わせてアリアを歌う。
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そうはいってもこの数日はとても忙しかった。クリスマス商戦に強力な追い風になる寒波がやってきて、勤め先では雪遊びのそりや雪合戦のたまを作る器具まで売れているので、普段はオフィスワークに従事しているわたしも、倉庫で商品の入った段ボールを運ぶことがある。通路の狭い倉庫だから、社員もバイトも総出のバケツリレーでどんどん運ぶ。昨日は、中国人の女性上司Rさんと並んで。Rさんはわたしより10歳ほど若く、中国語/ほぼ完璧な日本語/そして英語を話すトリリンガル、それでいて偉ぶらず、時折失礼なバイトが彼女の母国の悪口を言ってもおおらかに笑いにして返す。自虐とは違う、なんというか、大陸が育んだ優しさが漂っている人。段ボールを手渡しながらRさんに、「バケツリレーって変な日本語ですよねぇ」と言ったら、うん、マニ...

この「抒情詩の惑星」の湯原昌泰から招待を受けて「晴天の詩学」を2022年から23年にかけて連載してきた。とても楽しく書いていたのだが、23年の10月に突然自ら終止符を打った。それはひとつには当時執筆中だった『平成詩史論』の仕上げに集中しなければならないためだった。だがそれ以上に表面をなぞるような詩学に限界を感じたからでもあった。表面をなぞる、というのは負の意味で言うのではなく、自分自身でそのように望んだのだ。しかし、そのぺらっちい書法ではどうにもどん詰まりが来るような予感がしたし、また近現代詩の研究者としてもう少し掘り下げたところにすすんでゆきたい、という思いも生まれていた。

装丁がシンプルで美しい。手に取った感じがデイライトdaylightであり、ディライトdelightだ。詩集タイトルの英文表記は「tomei delight」なので喜びの意味が大きいが、背景には日の光の恩恵があるはずだ。カバーから数ミリだけ覗く表紙の銀色の輝き、トランスペアレントシートの帯から透けて見えるカバーに印刷された抽象画、強弱のあるグレーのヴァリエーションによる文字。禁欲的なたたずまいの豊穣さを予感させる。
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小さな痛みがアリの意識を呼び覚ます。
拡散された苦痛がアリの裸体をむさぼりだす。皮膚を焼きつける灼熱の陽光、手足が燃えているような感覚。耳鳴り、渇いた喉、頭痛、顎がちぎれそうなほど痛い。
朦朧とした意識の中で、アリは吊橋に張られたロープの産毛に噛みついてぶら下がっていることに気づく。
ロープの上に這いあがるアリは、自分の身体が徐々にマッシュルームによる呪縛から解放されていくのを感じる。
静かに息を吐き、呼吸をととのえる。空は目が眩むほどに晴れ渡っている。アリは暑さをしのぐためにロープの裏側に回り込む。
ちょっとした日陰なのに、そこは冷んやりとした空気に包まれている。逆さまになったアリの頭上には、むき出しの裸岩、巨大な弓形の岩山、峡谷が大きな屋根のようにそびえている。
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