「みてはいけないものでいっぱいの美術館」渋澤怜
「みてはいけないものでいっぱいの美術館」
みてはいけないものでいっぱいの美術館が話題になっている。
美術館に並ぶ彫刻のうち、いくつもに鉄の覆いがほどこされ、まるで工事中の建設物のように、警備員が立ちふさがり、何が隠れているかも全く分からないのだという。
「一瞬でも見たら目に毒が入る、っていう噂だけど」
「目だけから入る毒なんて初めて聞いた。普通は触るとかにおいをかぐとか、瘴気を吸い込むとかでしょ。近くに行っても問題ないのに、直接見たら毒が回るってこと?」
「見たら目が痛くなるらしいよ」
「ものすごく眩しいとか?」
「だとしたらサングラスをしてでもいいから見せてほしいよな」
「精神的に害悪のあるモチーフなのかな?」
「グロテスクってこと? 死体さえググって見られる時代に何を大げさな」
「じゃあ、見ると気が狂う模様とか、知らない?」
「見たら平衡感覚を失う模様とか? だとしても一瞬すら見られないのはおかしい」
「でも、建設中にばたばた人が死んで、だからそうなったらしいよ」
二人は郊外にあるその美術館に足を運んでみた。
建物自体はこの地に起源前に存在し最近発掘された神殿を、当時となるべく同じように復元したものだという。
確かに噂にたがわず、子供を食らう悪魔、老いた親を叩き殺す男、太り過ぎて動けない醜い老人などの絵画や彫刻などが立ち並ぶ中、同じ大きさで同じ数の、頑丈そうな鉄の覆いが置かれている。
神殿と聞いたのに、美しいものが全くなく、何を見ているか分からぬ展示に二人は戸惑った。
「あの中は何なんですか。」
と学芸員に聞くと、最後にお伝えします、との返事。
館内を最後まで見終わると、別な学芸員が待ち構えており、二人は説明を受けた。
「この神殿には、あまりに高貴なものと、あまりに俗悪なものが交互に置かれていました。皆さまがご覧になったものは、後者のみです。
この神殿を建てた神官は、神々の像の美しさがより際立つように、神々の像の合間に、俗悪なものを配置しました。
しかし、美しいものも見に来たはずの人々の脳裏に刻まれたのは、俗悪な者たちの姿ばかりで、夢に魘され病に伏したり、精神を侵されて死ぬ人が多く現れました。
そこで、神官はやむなく、俗悪な者たちの像に鉄の覆いをかぶせました。像を撤去せず覆いをつけたは、見るもおぞましい俗悪なものが、世間と同じくここにもあるということを示したかったためです。
その後この国は滅ぼされ、今世紀になるまでこの神殿の存在は忘れ去られていましたが、今世紀に研究者によって発見されました。
しかし研究者たちは、発掘した神々の像があまりに高貴で、像の姿が脳裏に残って何も手につかない、あの美しさに比べて自分の無力さが思い知らされると口々に言い、精神を侵されて死ぬものや自殺するものが多く現れました。
私達がこの神殿を美術館とするにあたり、神々の像を撤去することもできました。しかし、高貴とは何か、俗悪とは何か、現代にとって何が美しく、何が見難いかを考える一助として、昔使われていた鉄の覆いを今度は神々の像にかぶせ、展示することにしたのです」