「秋月祐一とけんごの短歌ワークショップ 〜はじめての短歌〜 第十二回」秋月祐一
けんごさん、こんにちは。秋月祐一です。
ぼくにも自他ともに認める代表作のようなものがあります。
たとえば、
地下街で迷子になつたカピバラにフルーツ牛乳おごつてやらう
「生涯にいちどだけ全速力でまはる日がある」観覧車(談)
この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく
市場まで粒マスタードを買ひにゆく、はずが途中で飲んぢやつてるの
といった歌ですが、
これらを詠むときに、長時間をかけて、苦労して詠んだかというと、全然そんなことはなくて、どれも五分か十分くらいで、すらすらっと書いたような気がするんですよ。
だから、ぼくが「未来」という短歌結社誌に所属して、毎月十首をコンスタントに出すようにしているのは(十首の連作を編むためには、その何倍かの歌を作る必要があります)上記のような歌がふっと降りてきたときに、それを逃さないように、つねに短歌を書ける状態に自分を保つためなんです。
あ、という心の揺れ、感動、気づき、疑問などは、けんごさんご自身のもので、その瞬間を、ぼくが与えることはできませんが、けんごさんが、あ、と思ったときに、それを短歌にする技術は、教えることができます。そんなつもりで、今後のワークショップを続けてゆきたいと思います。あらためて、よろしくお願いいたします。
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ちょっと引用が長くなりますが、
>大輪の花火はじける五億年後にぼくたちの化石をさがせ
>
>この歌を朗読してみた時
>まずは
>「ん?どうやって朗読するんだコレ?」
>
>みたいになりました
>
>五億年と後
>この間に上の句下の句の切れ目があるのに
>ここはどーしても切り離せない
>
>ここがとても面白く
>声に出してみると疾走感半端無いなと思いました!
けんごさんの、この気づきが重要だな、と思いました。
上の句と下の句にまたがるように「五億年後」という言葉が置かれている。これを短歌の技法でいうと、文字通り「句またがり」というんですよ(句またがりは、上の句と下の句のあいだだけでなく、初句と二句、二句と三句、三句と四句、四句と五句のあいだでも可能です)
上の句と下の句のあいだで句またがりをするのは、かなり大胆な手法で、こういう歌を書いていた頃の自分は若かったんだな、と思ったりもしますが、それを「疾走感半端ない」と捉えてくださっている、けんごさんの感性がすてきだな、と感じました。
ぼくの最初の短歌の師匠で、句またがりの達人であった塚本邦雄という歌人の歌をいくつか挙げておきますので、ぜひ、ここぞ、というときに、句またがりの技法を使ってみてください。
革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
かくめいか/さくしかにより/かかられて/すこしづつえきくわ/してゆくぴあの
聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火藥庫
せいぼぞう/ばかりならべて/あるびじゅつ/くわんのでぐちに/つづくかやくこ
日本脫出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも
にほんだつしゅつ/したし くわうてい/ぺんぎんも/くわうていぺんぎん/しいくがかりも
どの歌も、意味上の切れ目と短歌定型が、意図的にズラされていることがお分かりいただけますでしょうか?
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ぼくが初めて詠んだ英語入りの歌、
August 青田かすめる夏つばめついてゆきたい Catch Me Up
「Catch Me Up」は和訳として正確なのかどうかはわかりませんが「連れてって」とか「追いつくよ」のような意味で使いました。ていねいに読んでいただき、ありがとうございます。
歌人はおたがいの歌の詠みと読みを知るために、歌会(うたかい/かかい)や、歌集の読書会・批評会を行います。どのように読んだら歌がいちばん魅力的に見えるか、という観点から、意見を交換しあいます。歌会に参加することが、短歌上達への近道であると言ってもよいと思います。
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さて今回、けんごさんが提出してくださった歌を読んでいきましょう。
①風と空とアスファルトの上に潔く落ちた椿の花
風と空と/アスファルトの上に/潔く/落ちた椿の/花
という区切れだと思って読みました。つまり、結句の音数が足りないと感じたわけです。最初に思い浮かんだのは「花 あざやかに」でしたが、これだと「潔く」とぶつかる気がしました。そこでぼくなりの改作案ですが、
【改作案①】
風と空とアスファルトの上に潔くおちた椿の花、一輪
原作と比べてみて、いかがでしょうか?
この歌は、実際に見たままの情景を歌にしたものではないか、と想像します。そうやって目にしたものを即座に歌にすることは、短歌の訓練にはもってこいです。その際、無理やりにでもいいから、定型にすることを心がけてください。できた歌(素材)は、後からじっくりと推敲すればよいでしょう。
②もうないとおもった酒がまだあってのんべってダメねとかいって呑む
これは下の句が「のんべってダメね/とかいって呑む」という8・7の音律になっていますが、これはこのままでいいと思います。むしろ、上の句にお酒の名称とか、なにか具体的な要素を入れたいという気がしました。たとえばですが、
【改作案②】
もうないとおもったジンがまだあってのんべってダメねとかいって呑む
これだけでも一首の雰囲気が変わるのがお分かりいただけますでしょうか?
③いつもニコニコお地蔵さんが雨晒し傘子地蔵の話を想う
お地蔵さん「は」かな、という気がしましたが、いかがでしょうか? あと、漢字が多くて字面がゴツゴツしてるので「雨ざらし」としてみました。
【改作案③】
いつもニコニコお地蔵さんは雨ざらし傘子地蔵の話を想う
④目覚ましに気がつかなくて寝坊してギリまにあった職場でいっぷく
短歌のような短い詩型には、「〜して〜して」みたいな経過を描くことはあまり向いておりません(もちろん、例外はありますが)あと、この歌には詩情(ポエジー)がありません。ここは心を鬼にして、ボツにさせていただきます。
⑤夕暮れに命のろうそく燃えるよな雲の色味を塗りつぶす夜
考えどころは結句の「塗りつぶす夜」だと思います。「塗りつぶす夜」というフレーズが強すぎるような気がしました。
【改作案⑤】
夕暮れに命のろうそく燃えるよな雲の色みを味わっている
「命のろうそく燃えるよな」で、じきに夜になることは書かなくても伝わるのではないでしょうか。それよりも、この美しい夕映えの風景にただ浸っていたいような気がしました。
けんごさん、いかがでしょうか?
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