「ミュージシャンが書いた系の文章」千島
「ミュージシャンが書いた系の文章」
僕が書いたインターネット上の十年分の日記みたいな文章を十ヶ月かけて編集して印刷してまとめて新宿のキンコーズで製本してもらって五キロくらいの本の束を受け取った帰り、それとはまったく関係なく、元ミュージシャンと、元ギター弾き語りで現バンドマンと、七年ぶりに会ってファミレスで三人で話した。
本は好きで結構読みますって向かいの人が言って、隣の人もいろいろ本を読むって話をして、僕の分からないいろいろな難しい本の名前を言ってた。難しくて分からなかったけど、詩とか小説の話ではないことは分かった。
それに合わせて僕は最近帯の可愛さに惹かれて買った、人を動かす方法みたいな本の作者の名前を言ったら、話の流れの方向性は合っていたようで、ああ、それはとても一般的ですね、俺は読んだことないけど、と言われた。
僕も読んでない。帯に千葉県船橋市のご当地キャラの写真が載ってなかったら買わなかったと思う。
あと、人を動かす方法よりも、僕は自分を動かす方法を知りたかった。予定がないと夕方まで起きられないから。
そのうち、一人が、でもミュージシャンが書いた系の文章とか本は読まないんですよねえ、と言った。
もう一人は、ふうん、そんなのあるんだ、僕も読まない、という感じだった。
そのとき僕は、ミュージシャンが書いた系の文章、というくくりがあるんだ、と思った。
僕、今年何回か文章を載せてもらってるんです、同人文芸誌に、と僕は言った。
少し興味を持ってくれたようだった。
どこで買えますか? と聞かれて、どこだっけな、と思い、小さな本屋とか、あと、ディスクユニオンでも買えます、アマゾンでも、あっ、あと高円寺のライブハウスでも買えます、と、そのライブハウスの名前を言ったらその時、ははっ、という感じで少し笑われた。
なんで笑われるんだろうと思った。
なんだかその時僕はなんとなく、なにかが見下されているような気がした。
今度呼ばれてるイベントの会場がそのライブハウスで、六年ぶりくらいに行くのでその時買いますよ、とその人は言った。
嬉しかった。
僕は雑誌の名前を伝えた。
覚えました、とその人は言った。
買ってくれるといいな、と思った。でも、買わないだろうな、とも思った。
なんの深い意味もなく、本当に興味を持ってくれたのかもしれない。
でも、ミュージシャンが書いた系の文章は読まないって話はやっぱり僕の中で引っかかって、僕は音楽でその人にとても影響を受けて感謝していたからなおさら、あれ? って、なんだかもう、ずっとかみ合わないパズルみたいな感じがした。
他にもその日は投資の話とか青色申告の話とか個人事業主の話とか会社を作ったけどほったらかしていて維持費だけかかっている話とかテキーラの飲み方を知らない六本木の女の話とか、二人はなんだか難しい話を楽しそうにしていて僕は分からなくて、極寒のなか川崎で一緒に路上ライブをやっていた頃の、ちょっととんがっていた頃とはなにかが違って、いや、確実になにかが違って、みんな、それぞれがそれぞれに年をとって大人になって、でも僕は年だけとって生活はあの頃と変わらずぎりぎりで、投資どころかクレジットカードやスマートフォンで料金を支払う方法も分からなくて、とにかく簿記は勉強しておいたほうがいいとかマイナンバーカードは作ったほうがいいとか貯金するなら投資をしたほうがいいとか言われて、きっといろんなことが分かったほうが得なんだなって思ったけど、でも本当はそんな難しいことが分からなくても生きていける世の中だったらいいのにって、僕みたいに世の中のいろんな難しいことが分からなくても苦しくなく暮らしていけたらいいのにって。
僕はもう、この人たちと会う理由はないのかな。
ぎりぎりで頑張っていた頃の二人の印象が強くて、それは僕がただうらやましいだけかもしれないけど、今落ち着いている二人と僕の間には、決定的に違うなにかがあるような気がした。
僕は、一生テキーラの飲み方なんて知らなくていい。