連載:これも愛やろ、知らんけど 16 うちの子になり/河野宏子

2025年04月03日

ついに、もうすぐ、あれが始まってしまう。わたしの住む大阪で、13日から。毎日の通勤電車やバスが混むだろうか。街も道も店もますますごった返しそうである。そもそもわたしはあれの開催を迷惑だとしか思っていない。だから街中でポスターを目にしたときやテレビで紹介されているときぐらいしか情報を仕入れていない。入場券を買うのにかなり踏み込んだ個人情報を開け渡さないといけないと聞くし、具体的にどこ駅が最寄りなのかも知らないし、調べる気もない。わざわざ検索すること自体に歪な敗北感がある。この国では近年、地震や山林火災など災害がたくさんあったのだし、いっそ中止にして費用はその復興に充ててくれと思ったけれど結局そうはならなかったので、今はただ、なるべく事故やトラブルなく、さっさと終わってほしい。

ただ、公式キャラクターのあいつだけは気になる。
青と赤の、目玉がいっぱいある、正体不明のあいつ。

市役所の前に涅槃像のように横たわっているあいつ。地下鉄の改札で微笑んで(?)いるあいつ。よく行くジュンク堂の一階は昨年からあいつのグッズだらけで、なるべく避けて通るのだけれどもしも貯金箱なんかあったら手に取ってしまいそうだ。短い手足、ぽっこりしたおなか。間の抜けた表情。渋々あれのサイトを検索しあいつのプロフィールを確認したら、やっぱり性格はおっちょこちょいでよくポカをするらしい。ある日ジュンク堂で何冊かの本を買い会計を済ませて店を出ようとしたら、あいつが売り物の本を汚してしまって困っているところに出くわして、わたしは放っておけず、つい弁償を申し出るのだ。人懐っこいあいつはついてきて、業務スーパーで野菜や肉やお酒を買い込むわたしの荷物を持ってくれたりして、なんだかんだでうちの団地までやってくる。「だから、うちはペット禁止なのよ」と、ペット呼ばわりにやや胸は痛みつつも追い返そうとするが玄関前で体育座りをして粘り、夕方に帰宅した小六の息子に案の定一目で気に入られ、「かぁちゃんお願い!ぼくが絶対に世話するから!」と一世一代の泣き落としをされて、あいつはうちの子になるのだ。

息子とあいつは並んでスプラトゥーンをし、夕飯の唐揚げの最後の一個を奪い合い、毎日一緒にお風呂に入り押入れで眠って、息子に泣きつかれ夏休みの宿題を手伝っては全部でたらめを書き、息子が遠足に行ってしまったら部屋の隅でいじけ、手持ち花火の煙ではあのいっぱいある目玉からたくさん涙を流し、シチューを作っているわたしが牛乳のおつかいを頼んだら間違えて飲むヨーグルトを買ってきたり、初めて食べるクリスマスケーキに喜んだりするのだ。きっと。

そうして日々はすぎ、万博記念公園での息子の小学生サッカーチームの卒業試合の日の朝。団地の中庭でたまたま見つけたミミズに変身してみたあいつはうっかり元の姿に戻れなくなり最後の試合の応援に駆けつけるも間に合わなかったことで息子を怒らせてしまう。「もうぜっこうだ!」と言われポツンと佇むあいつを、太陽の塔じいさんが優しく慰める。千里から、あいつの成長の何もかもを見ていた、太陽の塔じいさん。実はあいつがもっと変身の技を磨いて息子に褒めてもらおうと、毎朝こっそりと修行を頑張っていたことを息子は知らされるのだ。夕日に照らされて仲直りする二人。見守る太陽の塔じいさんとわたし。さぁ、うちに帰ろう。今日の晩ごはんは、大盛りカツカレーだよ。






河野宏子