「アリの話」08 最終章 大塚ヒロユキ
霧に陽光が降りそそぐと、視界は瞬く間に広がりはじめた。
白く霞んでいた光景が、恐ろしいほど鮮明な映像となってアリを取り囲む。南西に切り立った雄大な尾根、黄色い花を咲かせた高山植物が生い茂る山腹、瑠璃色に淀んだ深い淵、細かな砂粒が光る岩肌、山頂に作られたケルン。
透明度が極めて高い空気は、アリの目に非現実的なパノラマを映しだす。
霧に陽光が降りそそぐと、視界は瞬く間に広がりはじめた。
白く霞んでいた光景が、恐ろしいほど鮮明な映像となってアリを取り囲む。南西に切り立った雄大な尾根、黄色い花を咲かせた高山植物が生い茂る山腹、瑠璃色に淀んだ深い淵、細かな砂粒が光る岩肌、山頂に作られたケルン。
透明度が極めて高い空気は、アリの目に非現実的なパノラマを映しだす。
台所でカレーを煮込みながらつま先立ちで食器を洗いつつ息子に宿題の進捗を尋ね、頭の中では今回の連載のことを考えていた。電子レンジの中ではサラダにするためのかぼちゃがぐるぐる回って甘く柔らかくなっている最中。カレーとかぼちゃサラダはダンスのために家を空ける向こう三日間の昼食兼夕食、つま先立ちはダンスのための足の鍛錬、今回の連載は天職について書こうと考えていた。食洗機がほしい。
昨秋、高田の馬場のJETROBOTで、ぷろじぇくと☆ぷらねっとによって、「詩人と役者の朗読劇」と銘打った公演が行われた。「庭」という作品である。創作の背景としては、先行する別作品として「Here Come The Angels!」という作品が存在するらしいが、僕はそちらは未見である。ただ、一作の独立した作品としても十分に堪能できる舞台であったので、「庭」についての簡単な感想をまとめておく。
1.変異していく「ファンタジー」の意味
この作品を「ファンタジー」と形容して好いのかは、判断に迷う。未見の「Here Come The...
この連載は、昨年終わった僕の朗読会の際にメモしたMCの内容を、大雑把にまとめたものです。開場で語り続けてしまうと、何時間かけても終わらないことがわかっていたので、事前に「これだけは語ろうかな」と思ってまとめた内容です。
今回は、半世紀以上前に小学生だった僕が、原子力について感じたことに触れています。当時は、原子力は無公害の理想的な「未来のエネルギー」という認識でした。でも、偶然読んだ子ども向けの本から、僕はそれに疑問を抱きました。
...
「わが地名論」連載にあたって
詩の中に地名を書くこと。その意味を探ること。これは僕自身の詩集に関わりながら展開する「わが地名論」。この連載を通して〈地名とは何か〉〈詩とは何か〉を考えてゆく。
たぶんわたしは
桃太郎にでてくる
犬サルきじより
ちょろいおんなです
きびだんごとか
もらわなくても
声かけられたら
ついていっちゃいます
そのひとのなかになにか
ひかりをみて
それがきれいだとおもったら
ホイホイ
ついていっちゃいます
鬼退治であれ何であれ
銀行強盗であれ何であれ
わたしはそれで
ずいぶんと
とおいところまで
行きましたし
ずいぶんと
惨めな思いも
したような気がしますが
あなたが笑いかけてくれたら
わたしはそんなこと
ぜんぶ忘れちゃって
しっぽをぶんぶんふって
やっぱりあなたのあとを...
性的な用途のローションが垂れた毛布をベランダに干す
自転車で最寄りのコンビニへ酒と煙草を買いに行く
「VISAで」
家の前でサッカーの練習をしている少年と
休憩中の現場作業員と目が合う
何故彼らと目が合うのか?
あの頃はインターネットが無かったからみんな街に出てカッカしていた
自分もよくスカウトされた
突っ立っていたからだと思う
手配師(日払いや寮というかタコ部屋での建築作業員の数を手配する人)や
自衛隊(入隊テスト受けるだけでいいからこい 缶詰とかの食料たっぷりやるから)
ヤクザの下っ端が家出少女二人組をAVに出演させようとしていて逃がしたり
スポーツ新聞に裏バイトがフツーにのってて
内緒のカジノや池袋のヘルスで坊主頭になってボーイとして働いて
裏のDVD屋の店長になりかけて逃げたこともある
街がいまより怖かった
あの時の怖かったお兄さんやおじさんたちはどこに行ったのだろう
死んだか老後施設で介護されているのだろうか
皆がイヤホンをしてスマホを観ている街で電車で時々そんな昭和の亡霊を思い出す
そしてこう思う
くたばれ!と。 ...
冬雀チュンチュンチュンチュンうるせえな、お前死んだばあちゃんか?
つむじでいいから見たいな
こっそり見に行ってみようか
オーバーコートを羽織って
黒のキャップをかぶって
ツツジがさ
四角く植えてあるじゃない
綺麗な道とか
大きい会社の前とか
そこに隠れてさ
12月にはツツジは咲かないから
ツツジを食べて待つことはできない
だいたい汚い
都会の植え込みのツツジは
犬のしょんべんやら
排気ガスやら
痰やらかぶってる
子供のころは
学校帰りにツツジを食べてた
子供の頃だったら
つむじがみたいー
なんて思わないで
ツツジの蜜を吸ってる
あんたの黒のランドセルに
飛びかかれたのに
ランドセルをしょって
ハーフパンツを履いて
ツツジをもぎったり...
なんだこの世界は
空がどこまで続いて
ぼくは地上でひとりぼっち
誰かがこの世界は素晴らしいと
美しいというけれど
ぼくはもう死にたい気分
クラスのいじめっ子も
ヒステリックなママも
いつも疲れているお父さんも
だけれど誰だって悪くない皆しかたなかった
全員が平等に、言い訳があり理由があって正しさがあった
この美しくない世界で
ぼくは向日葵の畑を歩く
真夜中に飛ぶ鳥の間に星座をみつける
夜明けに咲く白い花をちぎる
押し入れで体育座りをしている
自分の手を自分でさわっている
この素晴らしくない世界で
日が傾きはじめた頃、突然、風向きが変った。
峡谷を取り囲む尾根に霧がかかり、気温は急激に下がっていく。ロープの裏側にいるアリの頭上を流れている川も、今では霧に覆われてしまい、水音さえも仮想現実的な歪みを帯びて聞こえてくる。
数分前まで熾烈な熱波を放っていた太陽は神隠しにあったように消えてしまった。アリはロープの上に這いあがり、五感を研ぎ澄ます。すでに視界は360度、真っ白い霧に覆われている。
触角を頼りにアリは歩きだす。暑さで渇ききったアリの身体にとっては救いの霧である。今のうちに距離を稼いでおこうと思い、アリは足を速める。かつてない程の快適なペースでロープをつたっていく。
「チャリーん!」
「ポチっ」
「ガタン!」
さっ!
「これメスだ」
「?!」
「このコーヒー、メスです」
缶コーヒーにオスとかメスとか性別ってあるの?
そして購入者より先にその缶コーヒーを奪う様に握り、その性別を判定する
これが品田さん
品田さんの奇行は数しれず、誰もいない事務所の隅で灯りも着けず預金通帳を眺めて笑っていたり、デジタル時計の数字が変わるのが好きで常に携帯を見ている
「51、52、53、54、55、56、57、58、59、00」
この00の瞬間、キラーン!と笑顔になる
とにかく妙な職場だった。
...
2030年のはじめの月曜日に雨が降った
その次の月曜にも雨が降った
それから夫人は、月曜日には雨が降るものだという確信に至った
そして月曜日にはよくないことも必ず起こる
最初の月曜日には傘が壊れたし
その次の月曜には地下鉄が五分遅れた
夫人はそれを月の裏側の呪いと呼んだ
次の月曜にも雨が降った
しかし、その次の月曜はよく晴れた
夫人は裏切られた気持でいっぱいになった
その、いわゆる「第四の月曜日」に夫人は身支度を済ませると銀行から大金をおろし
鉄道を乗り継ぎ、雨がふっていたK地方にまで出かけた
夫にはテーブルに手紙を書き残しておいた
「心配しないで!いつか月曜日は終わる!」
K地方の中心地区の駅前で宿をとった夫人は
窓にしたたる雨粒を見つめて声に出してこう言った
「ほうらやっぱり!月曜日には必ず雨が降る」
...
INTERMISSION(休憩) (1) AMラジオ
URCのことについての話題が長く続いているが、少し別の話題も織り交ぜておこう。(次回以降もまだ、URCの話は続きます。)
昔、ラジオやテレビのアナウンサーというのは、それほど速くないペースで標準語を使って話していた。個性よりは、むしろ正確な日本語とされるコトバを用いることを求められていた。これは、テレビが普及する前の、ラジオしかなかった時代からのことであると思う。
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四十年以上前、まだ大学生だった頃に、ボランティアとして募金活動をしたことがあった。交通事故で働き手を失った家族への援助活動であった。
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アリは以前、軍隊に所属していた。
陸軍だったアリは海軍に憧れていた。海を旅してきた者たちの話をいつも真剣に聞いていた。アリはいつか除隊して、世界を旅して回ることを夢見ていた。
アリは軍隊に馴染めなかった。集団生活はそれなりにこなす事はできた。仲間たちとの共同作業も率先して行った。老衰したトノサマバッタを運ぶ任務の指揮官を任されたこともあった。だが時折、無謀な戦闘も行われていた。長期に渡る終わりの見えない戦い。スズメバチの巣を襲い、何百匹もの繭を略奪する作戦には二度と加わりたくなかった。
...
Crossing Lines というインターナショナル・ポイエーシス・ウェブサイトで紹介されているサウンドポエトリーについて、レビューします。このサイトは、英語と日本語、視覚詩(ヴィジュアルポエトリー)や音声詩(サウンドポエトリー)、写真やアート作品など、詩のいろいろなスタイルが実験されています。そしてサウンドポエトリーは文学と音楽を橋渡しするもので、言語の意味や構文よりは音そのものを楽しみます。目や耳に直接訴えかける感覚を大事にする視覚詩と音声詩は、言葉の意味を越境する仕掛けです。
...
「詩人が書けば詩」の僕と「詩を書かなくては詩人になれない」人々との間には、ばーっと広がる11次元の宇宙があったので報告書を書くことにしました。...
還暦少年と
60歳の誕生日のイベントにタイトルを付けたが
少年というか子どもだと思う
子ども扱いに甘んじている
古くなった家の修繕を今年したが
俺に一切相談はなかった
両親が勝手にしている
まあ金を出すのも両親だが
家の呼び鈴が押されて誰もいなかったから
玄関から外に出たら
外にいた父親に
外に出るなと一喝された
外で人に見られると何を言われるかわからないと
平日の昼間だから
透明人間にならないといけない
母親がやっている草むしりも手伝いできない
息子は基本外に出ないほうが都合がいいようだ
家のすべてを両親がやっている
俺の出る幕はない
意見も求められない
甥っ子に何も渡したことがない
誕生日のプレゼントとか
班になっている家の集団でやる草刈りも
高齢の両親のどちらかが行っていた
俺が行くという発想はないようだ
...