「『もり』と名乗る詩人の考察」ヒラノ

2025年07月19日

これ、いつだったんだろう?その後、地獄のカラオケ大会が待っていたんだけど…

ある知り合いに呼ばれ高田馬場に行った

そこに「もり」と名乗る男がいた

猫舌で方向音痴な俺は到着時間を大幅に過ぎていた

そして、やっと着いて店に入ったら、なんか凄くエネルギッシュな生命体が輝いていた(私は約束した大切なパフォーマンスを見逃している)

それがもり

マイクを前に、丁寧に、そして雑に、かなりの熱量で

「なんだ、こいつ?」
ちょと、なんだこれ?すげぇなぁ!誰これ?
もりです

僕は、チンピラ、ヤクザ、半グレとか、そういうポジションでマイクを握る人を知っている
彼らのパフォーマンスより上に見えた

ビックリした
格好良かった

「本当に君は格好良かった」
多分それが彼との最初の会話だったのかな?

俺はネットにだけ作品を垂れ流すだけの弱気な自称詩人が本当に嫌いだ

だってそうでしょ?自分で書いた言葉を自分で喋れないなんて…

ネットだけで威勢の良い自称詩人なんてもうこりごりだ

ちなみに一回でも私は詩人だと名乗った事はない
今後も無いでしょう
それはもりの様な人に対する私なりの敬意である
「お前ら民間人だろ?裏に下がりな!」

自分の文字を自分の声で表現出来ない人を僕は蔑みます

僕は、私は、我々は、銃を喉に隠して本当にそこで戦っている、いつも最前線に立っている、いつでも行ける

現場、現場、その日その日その一晩を、そのネタ一本だとか1行だとか
俺らは、そこの最前線でやっているのよ
退屈になったら俺を呼びな

もり君と電話で長話して…
「なんでもりちゃんってもりなの?」他の自称詩人とかとは違ってすげぇ適当でセンス無いネーミングだし、ある意味投げやりにも感じていた
だって平仮名2文字で「もり」だけなんだよ?お前、ポンキッキーかよ?はっきり言うが彼はセサミストリートには入れない、お母さんと一緒も一生アウトだろ、スラムにいるうちは

ネットだけの連中は妙に凝ったローマ字で、だけど意味の分からない名前を名乗る
そしてネットの匿名性を利用してズルい立ち回りをする

森、盛り、銛で突く、なんか他いろいろと

もりはゴリゴリ行く、そうやってマイクに挑む、なんだコイツ、ランボーかよ?

俺はそういう狂気が好きだ
それは美しい、そう思って今も私もマイクに挑む

負けて、唇を噛みしめ、恥ずかしさに耐え、涙をこらえ家路につくあの感覚を知らない表現者なんか信用出来ない戦っていないのだから研磨されない

吐き出した言葉はもはや僕らの手元には無く、どう解釈されようと相手に届いてしまった以上、僕らの物では無い、訂正は効かない

時間の経過と共に僕らの言葉は忘れられて溶けていくし、あなたを両手で肩を揺らして「忘れないで!」「そうじゃないの!」とも言えない、弁明は出来ない、吐いたツバは戻らない

ただただ、ぼんやりと忘れられていくその光景を眺めるだけ、そして僕らはその日の自分を思い出すしか出来ない

スラムとなれば幾人もマイクを握るので正直に言えばさっきやったのにもう忘れられてる、なんて事はざらにある

言葉を携えて、マイクを与えられて、途中トチったりもしつつやる事を全力でやって…

少々乱暴な表現が続きましたがスラムですとかオープンマイクという文化を知って頂ければもり君が最前線で戦う戦士だと理解頂けると思っております

どういう意味?と言うと、言われた条件に適切な詩を持って指定の時間までに、場合によっては空輸でその詩を、場合によっては自称詩人の「死」を持ち込むのです

また、私事ですが構成家というかアドバイザー的な存在が僕にはおり、その人が僕の後ろにいる事を公言していないにも関わらずもり君はいち早く気づいていたぐらいもり君の文章に対する嗅覚は鋭い

もりがマイクを握った時、不思議な事が起きる

地下室においでよ?

見ててごらん?もりの口から銃口がはみ出る

もりが撃ち出すそれは…

「深みあり、危ないよ」





ヒラノ