「あの子がくつひもを結ぶ」もり
自転車を置きスーパーの入口を目指していた
前方を小学4年生くらいの女の子が歩いていた
言われなかったら気づかなかった
「お嬢ちゃん、くつひも、ほどけてるわよ」
すれ違いざま
おばあさんが言った
女の子は一瞬立ち止まり
こくん、と頷いた
だがその場でしゃがむことはしなかった
むしろ歩く速度を上げて 店内へ
おばあさんは不思議そうに見ていた
ただならぬ気配
びゅらびゅらと 足もとで揺れるくつひも
いつまでも
結ばずに
そのまま人類の進化の図のような早急さで大人になってしまうんじゃないかというほどの頑なさで
女の子は
どこかへ消えた
あの子が安心してくつひもを結べる場所はどこだろう
ちょっと恥ずかしかっただけかもしれない
小腹が空いていたのかもしれない
ほどけたくつひもは自分で結ばない主義なのかもしれない
すべて気のせいだったのかもしれない
そんなことを考える私には
もはや立ち入ることの許されない場所は
どこだろう
「お兄さん、くつひも、ほどけてるわよ」
「ほどけたまま大きくなってしまってるわよ」
市のLINEアカウントを友だち登録すると
たびたび不審者情報の通知がくる
こんなに多いのかと驚く
久しぶりに目にする 白色ブリーフという単語
あの手この手の理由をつけて 触れようと
どうにもできない
本物の欲求を満たすためにつく 嘘
怒りより先に
その嘘が悲しくなった
中には
見知らぬ人に何年生?と聞かれました とか
それはただの会話じゃないか
と感じるものもある
知らない人と話してはいけません
という声も耳にする
知らない人と話すのが人生じゃないのか
母親でさえ最初は知らない人だった
だから泣いた
白色ブリーフ
白以外あるのかブリーフ
ブリーフは悪くない
人間は まあ 悪いかな
では 悪いことの
何が悪い
それを知るためにも知らない人と話す余地がある
私にとっては
私が容易に立ち入れない場所で
私のことを決めている 国会議員は不審者である
言われなかったら気づかなかった
ねえ、知らないおじさん
そのびゅらびゅらは何?
満員電車で互いのびゅらびゅらを踏み合いながら見過ごす朝
その黄ばみ
言われなかったら気づかなかった
すべての路地裏の車よ 止まれ
すべての大人たち 口を閉じなさい
すべての忘れもの 怒らないから出ておいで
すべての太陽 穏やかに 照らして 雲間から そっと 光 なしで
あの子がくつひもを結ぶ