「おまえは人間のクズになる、と言われた話」大覚アキラ
小学4年生のとき、学校で写生大会がありました。
学校のそばの海を見下ろす高台にみんなで移動して、そこから見える景色を描くんです。
天気が良ければ、日の光を反射してキラキラと輝く明石海峡、そこを行き交う船、そしてその向こうには淡路島という、なかなか絵になる景色なんです。でも、残念ながらその日は梅雨真っ只中の6月下旬。今にも雨が降り出しそうな曇天でした。そもそも、なんでそんな時期に写生大会を設定したんだ。
画板に画用紙を挟んで(いま思ったけど、「画板」って懐かしいですね)、鉛筆で下描きしていきます。
自分で言うのもなんだけど、ぼくはけっこう絵が上手かったんですよ。今でもそこそこ描ける方だという自信があるくらい。
丁寧にスケッチして、「うむ、我ながらなかなか良く描けた」と満足したところで、お昼休憩。持参したお弁当を食べて、午後からは彩色です。
絵の具を水に溶いていきます。卵白みたいな雲を掻き混ぜた鈍色の空、海はダークグレーと黒の淀んだマーブル、淡路島は濁ったモスグリーンと黒褐色のグラデーション。もちろん、太陽なんてどこにも見えません。
ぼくは目の前の景色を、見たまま、見えたままに描き、その通りに色を塗っていきました。
「あんた何やそれ!
きったない色塗ってからに!」
突然、背後から素っ頓狂な声をかけてきたのは、隣のクラスの担任のオバサン先生でした。
「もっときれいな色で塗りなさい。
そんな汚い色はアカン。
周りのみんなの絵、見てみなさい。
ちゃんときれいな色、塗ってるやろ?」
たしかに周りを見回すと、みんなきれいな色で塗っています。
抜けるようなスカイブルーの空、深い群青の海、しっとりとしたビリジアンの樹々に覆われた島、そして深紅や橙色の太陽。
これは、ぼくにとってはちょっと衝撃的なできごとでした。
だって、これならわざわざ写生に来なくても、想像で描けばいいじゃないですか。写生って、そうじゃないでしょう。
幼稚園児のお絵描きならいざ知らず、太陽なんてどこにも見えないのに、それを絵の中に描くこと自体どうかしてる。
「ぼくには、こういう風に見えるから、
ぼくはこのまま塗ります」
顔色を変えたオバサン先生が、ぼくの担任のところに告げ口しにいくと、担任もすっ飛んでやってきました。
「おい、なんでこんな汚くするんや。
さっきの下描きは上手に描けてたのに」
「せっかく上手に描けてたのに、
こんな汚い色で塗ってしもて・・・」
「こんな汚い色やと、美しくないやろ」
けっきょく、二人に最後までごちゃごちゃ言われ続けながらも、ぼくの「どんよりと濁ったほぼモノトーンの明石海峡と淡路島」の絵は完成しました。
個人的にはとても満足のいく仕上がりでしたが、先生からは散々に言われました。
その数か月後、保護者面談がありました。
夕食の席で母が、
「あんた、学校でいったい何したの?」
と真顔で訊いてきました。
「おたくの息子さんは、
このままでは人間のクズになる」
担任からそう言われたそうです。
「ああ、あの写生大会の絵のことか」とピンと来たので、そのときのできごとを話したところ、母は先生たちに激怒していましたが、父は大笑いしていました。
あれから45年ほど経ちました。
先生方は、お元気ですか。
もしかしたら、どこかの校長なんかを経て、今頃は悠々自適の素敵な生活を送っておられるのでしょうか。
ぼくはと言えばおかげさまで、ギャンブルに溺れて借金まみれになることもなく、犯罪に手を染めて臭い飯を食うこともなく、酒やクスリに溺れて廃人みたいになったりすることもなく、それなりにまっとうに生きています。
一応、人間のクズにはならずに済んだみたいですね。
それもこれも、あの写生大会の時の先生方のおかげだと思っています。
ほんとうにありがとうございました。
NOTE 「お前は人間のクズになる、と言われた話」より