「お花見」ヒラノ
もうこっちは散ってしまったんですけど春ですし、お花見のお話です。
20代の前半、小中学校の同級生が集まって毎年お花見をしていました。
主に上野公園での開催で、多いと10数名が集まっていました。
若いからお酒との距離感がわからず、どんちゃん騒ぎにります。
週末だったこともあるとは思うのですが、その日の晩の上野公園は本当に混み合っていて、僕らの様な若い奴らがあちこちで大騒ぎしていました。
上野公園というのは入り口から行くとなだらかな坂になっており、その坂の沿道に隙間無くソメイヨシノが植えてあります。
つまり、花見客はその傾斜にシートを広げ座っているので皆、若干左に傾いているのです。
本当にその夜は混み合っていました。皆ちょっと左に傾きながらベロベロになっています。
叫んでいる奴がいたり、女子トイレの前に張り付いてナンパに励む奴もいたり。(こういうのダサいしカッコ悪いし、何しろ女の子に失礼だよね)
僕達はとにかくシートを広げられるスペースを求めて坂を登って行きました。
「ここいけるんじゃない?」
「いや、ここは狭いでしょ…」
「ここはトイレの隣だしなぁ…」
そんなやり取りをしているうちに僕らと同じ様に場所取り難民の3人組が着いて来るようになりました。
とにかくスペースが見当たらない、そして僕らは大所帯です。
「どこも座れねぇ!」
シートを広げられるスペースを求めてさらにズンズン奥へと進んで行きました。
上野公園の終わり端っこ、ここで公園のエリアはお終いですよ、という場所に国立博物館があります。大きな等身大のクジラの模型が館の外に展示されています。
ここまで来てしまうとソメイヨシノは植えられていない。
いない、いないのだが、あった!
鯨の下辺りに植えてあり、誰もいなかったのです。
歓喜の瞬間、
だってあれだけ混み合っていて、無い無い言っていたら、もう貸し切り状態のラッキースポットが現れた、特等席です。僕ら以外、誰もいないのです。
立派なお花が咲いている。
「飲もうぜ?飲もうぜ!」
シートを広げ持ち寄った酒とその酒を割るためのコーラ、プラスチックのコップ、おつまみ、あっという間に並び飲みだしました。
さっきの3人組もここは静かだと隣で喜んでいる。
なんせ20代の男が10数人いるのです、持ち寄った酒はハイペースで消化されていきました。
「もう焼酎無いよ?」
よし、それなら皆んなの地元、千葉の津田沼の家で飲もう!となりました。
しかし、コーラが余っている。正確な商品名はコカ・コーラライトです。一群の後ろで僕はハヤシと話していました。前の方の連中は、
「よーし、帰ろうぜ!」と大声を出しています。
上野駅の公園口、スイカも無い時代です。皆、券売機に並んで順番に切符を買っている。
その券売機のそばの柱に寄りかかる形で僕らと同じ年ぐらいの2人が酔い潰れて体育座りの姿勢で眠ってしまっていました。
そこでハヤシが言い出したのです。
「アッチ知ってる?寝耳に水って言うじゃん?あれって本当なんだぜ?」
小中学校の友人には僕はアッチと呼ばれていました。
「その言葉は知っているけど、実際ってどうなの?」
「この2人で試してみようぜ?」
ハヤシは悪い提案を持ちかけて来ました。他の連中は買った切符を握ってぞろぞろ改札に入って行っています。
ハヤシは抱えていたコカ・コーラライトをおもむろに寝ている片方の奴の耳に注ぎ込みました。右耳だったと思います。とは言え、ゴボゴボ音が鳴る様な量ではなく、何て言うのかな、優しく注ぎました。
想像以上の結果でした。
そのコーラを注がれた奴は電流を流された様な、スタンガンを当てられた様に、たたんでいた足をビクンっ!と伸ばし眠りから覚めたのでした。
ハヤシは嬉しそうに言います、
「な?言った通りだろ?」
もう僕らは大爆笑で、だって想像以上なんですもの。足が伸びるだとか思っていなかったですし。
本当に笑いが止まらなかったのです。今日1番の大収穫なのですから。
すると、眠りから覚めたそいつが僕らを睨めつけながら言いました。
「お前らなんかした?」
(しています)
「何にもしてないよ?」
ここは突っ張るしかありません。
「いや、耳が濡れているんだよね」
ハヤシはコーラの2リットルのペットボトルを隠そうとするも、そいつは耳に小指を突っ込み、
チュパチュパチュパ…
「てめぇ!これコーラじゃねーかよ!」と怒声を飛ばしてきました。
コーラは、この辺りではハヤシしか持っていない。自販機も無い、そもそもここには僕らとそいつらで4人しかいない。
何を思ったのか僕は、
「ちゃんと味わかってる?僕らはコカ・コーラライト、君が言ってるのはコカ・コーラでしょ?味が違うのわかる?」
とっさの言い訳だったのですが色々な意味で初っ端から限界です。
「やっべぇ、これはピンチだぞ」
ライトであろうとなんだろうと今いるこの4人でコーラを抱えているのはハヤシしかいない(主犯格)
「ね?ライトじゃないでしょ?」
「いや、ライトかもしれない」
「ちがうって!僕らのはライトだから!コーラじゃないって!」
そいつは小指を耳に突っ込み、またテイスティングをする。
チュパチュパチュパ…
「これはライトの味だろ!」
と、そいつが言う。ご明答!
無理がある、あり過ぎる…
しのげない、これ以上はしのげない…
そいつは立ち上がりまた耳に小指を突っ込みテイスティングをしました。
小指を咥えてチュパチュパチュパ…
そいつは「やんのかてめぇ!」モードに入っており、やだなぁ、これ僕らが100:0で悪いのにケンカになっちゃうよ…
と、その時
改札をくぐった10数名が僕らが遅いので改札の向こうに全員集まり、
「ハヤシ、アッチ、何してるの?」と呼びに来ました。
それを見たテイスティングマンは、
「え?なんか、なんかごめんね!」
そう言ってテイスティングマンは隣で寝ていた友人を急いで起こし、夜の上野公園へと消えて行ったのです。
勝ったのです。このテイスティング勝負、数の力で勝ったのです。彼の推理、つまり右耳に注ぎ込まれたというコカコーラライト、これは当たっています。なんせハヤシはコカ・コーラライトのボトルを抱えている。正解は眼の前にあるのですから。
ただ、僕らは数の力で覆したのでした。
その後、友人宅への帰路の電車内で事の顛末を皆に話すと僕は英雄になりました。不名誉な方の。
その騒ぎの翌々日、自転車で科学博物館のクジラの前を通った時、
「そういえば本当にハチャメチャだったなぁ」と笑顔であの例のシートを敷いた特等席を見てみました。昼間と夜と、お花の違う表情が見れるかな?と期待して。
全然、ソメイヨシノでは無かった。桜じゃない、なんか真っ白で、桜なんかより大きい花をつけていた。
んん、なーに?これは…
薄暗い照明の中、僕らはまったく桜じゃない花の木の下で宴会をしていたのでした、お花見と称して。桜じゃない、なんか、なんだろうこの花は?
そりゃ花見客からすればノーマークなわけです、だって桜の花じゃない、なんだかよく分からない真っ白なお花なんだもの。
僕は自転車に跨り、しばらく頭を抱えてしまいました。
長くなりましたね、お時間を頂いてありがとうございます。
僕のオススメのお花見スポットは地下鉄の浅草駅すぐの隅田公園です。次のシーズンに行ってみて下さい、素敵ですよ!