「お誕生会」ヒラノ
良い子、は僕はだいぶ前に引退した
記憶が曖昧なのだが僕が一時期通っていた「よいこの幼稚園」は年小さん、年中さん、年長さんと4歳から6歳の子を扱っていたと記憶している
毎月、学年の垣根を越えその月に誕生日が来る良い子達はステージに上げられる
みんなからのバースデーソング歌ってもらい何か…
何か謎の金メダルっぽいのをもらった気がする
折り紙の金のやつで何かを、なんか厚紙を包んだメダルを首に掛けてもらう
そういったある種の儀式、セレモニーがあったと記憶している
「5歳になった!」
僕は世界の中の王子様になった気分だった
「5歳! 5歳!5歳!5歳!ごっさいぃぃっ!」
おっさんになった今の僕にとっては5歳児程度では地球にやって来て間もない宇宙人と同じだと思っている
数々の粗相は致し方ない、まだ引っ越して来てから5年足らずだ
わからない事や文化の違いに戸惑う事もあるだろう
とにかく、何しろ、有頂天だった
5歳になったから
ただそれだけ、たったそれだけ
だって、5歳だぜ?
体育館のステージの下の端っこに6月に4歳になる子、5歳になる子、6歳になる子が集められている
ステージに呼ばれる前の待機時間、「俺ねぇ!5歳になったんだよ!」と前の子に自慢気に言った
言わずにはいられなかった、嬉しくて
胸を張って、口を尖らせて
「俺ねぇ!5歳になったんだよ!」
今考えればその子も6月が誕生日なわけなのだが
返事が返って来る
「俺なんかねぇ!6歳になったんだぜぇ!」
「ろっ!、ろっ!、ろくさいぃぃぃっ〜?!」
なんて事だ!この子6歳って言ったよ?
6歳ですって?!すげぇ!6歳すげぇ!!
僕より1歳年上だよ?5歳の僕より…
この星の頂点であり、宇宙の真ん中である5歳の僕より年上だなんて…
ウソでしょ、この子はウソつきだから
だから6歳だなんて言ったんだ!
僕は今月で5歳になったんだ!
なのに、この子は…
5の次は6…
5より偉大な6…
6っていったら5の先よ?1個先よ?
「6歳って反則だよ!」
僕はあまりのショックに、悔しさに、数字の残酷さに、唇を噛みしめ、両足で踏ん張って、それでもしゃがみ込んでしまい、ステージへの階段の端っこ、体育館の隅に転がっていたハエの死骸をつついて自分を慰めた
6月の誕生石に真珠があるが、その真珠の粒よりも大きい、緑色に輝くキンバエの死骸だ
日光を反射し、腹がエメラルドのように輝いている
凄く綺麗だった
ハエの一生は、卵から成虫になるまでの期間が短く、成長が早いのが特徴だそうだ
卵は1日足らずで孵化し、幼虫は早いと約1週間で成熟し、さなぎの期間はわずか4〜5日で、卵から成虫までたったの2週間足らずで成虫になる
そしてなんと成虫の寿命は1ヶ月ほどだそうだ
そんな体で時速100kmを超えるスピードで飛行する物もいる
限りある命を凄まじいスピードで突き進む
僕は5歳
45日足らずで時速100kmで過ぎて行くハエの一生
5歳の星の王子様、呪いの6歳、その他どうでもいい4歳(ふんっ!4歳?)
初七日より早く繰り返される命のサイクル
何匹だ?何千万匹では利かないか?
親がいて、あれこれと教えてもらい、それだって数年、人間の場合は数十年と子育ていうのは壮大なプロジェクトだが、野生動物は、昆虫は、ハエは、産み捨てられたまま凄まじい勢いで子孫をまた産み「捨てる」
プログラム
だってレクチャーも無いのにどうして交尾の仕方を?
雑草が容赦なく繁殖するように、どうしてここにアリの隊列があるのか理解出来ないように、なぜ溜めた水が緑に濁るのかわからないように
誰かが?自然が?
仕込まれたプログラムの通り、膨張と拡大を繰り返す
淘汰され、それでも生き残る様にプランB、書き込まれたプログラム
分布図、その活動と方針、そして成果
あの臭う、ネバつく納豆の粒の一つ一つにだって元々は膨大な情報量が組み込まれている
そして戦略的な計画
タンポポの種は綿毛に掴まって空を旅するし、蜘蛛だって生まれたての時は自らの糸をたなびかせ風に乗ってそれぞれ散らばって行き、子孫の繁栄を試みる
ビルの屋上に小さな池を作るとして、何も手入れをしなくても10年もすればなぜか魚が勝手にどこからともなくやって来て繁殖を繰り返すのだと聞いた
「それでは今日のプログラムです!」
「6月生まれの良い子のみんなはぁ〜?!」
「ステージに上がって下さい!」
「はぁーい!」
緑色に輝くハエの死骸に別れを告げ、階段を1段づつ両足で登り、僕はステージに上がる
生まれて間もない幼虫達がおどおどしながら皆んなより1段高いステージに横一列で列ぶ
緊張したり、あくびをしたり、下を向いていたり、奇声をあげたり
幼虫とは言え各々の個性が垣間見える
僕は、僕はどうしていたのだろう?たぶん下を向いていたんだと思う
目立ちたがりの恥ずかしがり屋、面倒臭い厄介なアレだ
そういうの、いるでしょ?
アレが俺
あれから数十年、とっくに良い子は引退したのだがたまにふとあの時の衝撃が頭をよぎる
「ろっ!、ろっ!、ろくさいぃぃぃっ〜?!」
時速100kmで過ぎる彼らの人生、では僕らは?
有り余る情報と忙しすぎる世界情勢、生活を人質に取られ労働に従事し、腕を組み頭を回転させる余裕すらなく、秒針が進む早さでガリガリと削られ、もう明日が僕たちを待ち構えてる
そんな今日
明日もそう、きっとそう
不思議な力で明日、文明が滅亡する事を知ったとして…
何が出来るのか?
「明日って普通に出勤だしな…」
ハエが明日、自らの死が来ると悟った時、どうするのか?
「とりあえず、飛ぶ?しかねぇしな…」
元この星の王子様で宇宙の中心だった幼虫の僕だったらどうするのだろうか?
「僕が食い止める!」
そうじゃなくっちゃね!
そう来なくっちゃ!
それが元気ってやつなんだろうね
年小さんにおはよう!
年中さんにおはよう!
年長さんもおはよう!
おいお前!おはよう!
おっさんもおはよう!
綺麗な君におはよう!
ババアでもおはよう!
今日もいっぱい遊ぼうね!
1分1秒、刻一刻と僕たちの細胞は新陳代謝を行う
今の自分はもう居ない、1分前の自分、1秒後の自分
厳密に言うとそれは違う自分
おはよう、俺
始めよっか、お誕生日会!