「かべ」POGE
閉鎖病棟に入院していたころ
俺は知的障害者じゃねえ
と叫んでいた知的障害のおじさんがいた
クエチアピンを飲んで落ちついた
私の手を取って
先生、わざわざありがとうございます
そういう統合失調症の女性がいた
たまに外に出ようとして看護師に拘束されていた
私には全てが他人事で我が事だった
うつが極限まで悪化して
入院しないと死ぬと医者に言われ
閉鎖病棟に入院した私は
そこで幻覚を見ながら
体の内側から針が生えてくるような幻痛に苛まれ
はたから見たら完全に狂っていたが
自分だけは正気だと思っていた
ゲームのキャラクターが天井から舞い降りてきた時点で
狂っていることを自覚した
閉鎖病棟で過ごす日々は退屈だった
どこからどう見ても健康そうな
体育の教師がいて
美味しんぼを借りて読んだり
京極夏彦の分厚い本を読んだりした
いろんな人が入院してくる
イケメンで高級車に乗っている青年が
自室で首を吊ろうとして保護室に入れられた
彼の悩みはなんだったのだろう
他人のことはよくわからなかったが
自分のことはもっとわからなかった
なぜうつが悪化したのか
なぜ統合失調症じみた幻覚があったのか
入院していたころも今も
よくわかっていないし医者もわからないだろう
とにかく私は狂っていて死にかけていた
病棟内はぼんやり暖かく
なんだか宇宙船のようだった
ここから出たい
あまりそうは思わなかった
進撃の巨人を読んでいた
フーコーを読んでいた
壁の外も壁だと直感していた
どこにも逃げ場はないのに
病棟を出て何をするというのだろう
気力が完全に萎えていた
死にたい気分と生きたいという思いのはざまで
思考が分裂していた
薬で前後不覚だった
外に出た今
あれは何だったのかと振り返ることもある
今は薬のおかげか死にたいとは思わないし
絶望の際になってもなんとか
やり過ごすことができるようになった
よくわからない
正気も狂気も
希望も絶望も
つかみどころのない概念になってしまった
入院して退院して薬を飲んで暮らす日々
夢のように通り過ぎ私は老いていく
この先どうなるのかわからない
死にたいと思って実際死ぬかもしれない
だが漠然と自死はしないような気がする
いろいろなことがありすぎた
これ以上ひどいことはそうそう起こらない
そう思いながら薄氷を踏むように生きている