「ちかげ」 ちひろ
ちかげ
ピアノのループの余いんを食べて
ふかふかの脱力に落ちこんでいく先は地球の一日
空気と光が皮フに射しこむ
体内ドームの真空に向かってくるのを待ちながら
ちかげは安心を手にしようとしていた
目には見えないがいつでもすぐに起きることの確信に
思い込むためのエネルギーはいらない
座ぜんのときのように息だけ意識して光の変化を見守るように身をゆだねることさえできれば自由だ。
旅のしたくだ、時間にしばられて動けない
思い描いた仲間内での評価の乱気流でぐちゃぐちゃになった部屋にそっと別れをつげた。
この大荷物はそのままここにおいていくが
気にしないでくれ
重いばかりで明日のおれには必要ない
しかも誰にも必要はない
ちかげは部屋から生まれつつある時間に解き放たれようとしていたが、多少肌寒さを感じるのは、仲間内での評価を
意識することこそが地球上に体をつなぎとめている唯一の命綱だと感じていたからだった。
生まれつつある宇宙空間の中で本物の色が目覚めるまでの間
全ての色と熱の源である太陽光
にあふれた宇宙空間でまっくら闇に見えるのは目を閉じて、想像の中の
まっくら闇の宇宙をひたすらながめているのであった。
水の中で目を慣らすまで時間がかかるように
目を開くのに勇気がいるように
その間につばを飲みこむ音の向こうに
ピアノのループの余いん
本物の色がいつもすぐに見えるのがわかる安心感
仲間内の評価はもう過去の遺跡のように風化している
今ふりかえってもそこには実際の仲間は誰一人住んでいない
当時も誰かちかげ以外が住んでいたか疑わしい
人が訪ねるにはあまりにもさみしい場所にたてられていた
門がまえも人が入るにはあまりにもせまい
ちかげは時を渡り歩くたびに何をみいだしたか
弱い心だった
弱い心をじっくりながめるために
弱い心には弱い愛しか生えていない
だから愛を観さつするためには長い時間をかけなければいけない
弱い心に生えてる愛は綿毛か羽毛のようなもので
安心と本物の色にかこまれてじっとしていなければ頭を出さない
育てるには水と養分がいる
すなわち愛されることが
愛されることを欲する
地球上とおれをつないでいるのは
愛されたいという願いだと
ちかげはそう思い、雲のすきまに満たされた。