「どんと、こい!」と「SPIRIT」について  URAOCB

2021年12月16日

「抒情詩の惑星」をご覧になっている皆様、はじめまして。
URAOCBと申します。
東京都内や近郊で、言葉と音を組み合わせたパフォーマンスを行っています。

今回、馬野ミキさんからスポークンワーズ・マガジン「どんと、こい!」とオープンマイク「SPIRIT」について寄稿のお誘いをいただきました。
私がポエトリーリーディングの世界に足を踏み入れたのは2009年になりますが、この2つはこれまでの活動において重要な位置を占めるものであったことは間違いなく、私なりの見地から記録を残しておきたいという気持もあり、少し長くなりますがまとまった文章を書かせていただきます。宜しくお願い申し上げます。

・「どんと、こい!」について
スポークンワーズ・マガジン「どんと、こい!」は、2013年に創刊しました。その名の通り「スポークンワーズ」をテーマに据えて、インタビューや詩作を中心に構成された雑誌です。
当時のポエトリーリーディングを取り巻く環境は、決して良いものではありませんでした。中心的な存在だったベンズカフェは2011年に閉店し、活動の場所は限られていました。そうした中、池袋にあった「3-tri」というライブハウスで大島健夫さんが毎月開催していたオープンマイク「Poe-Tri」は、朗読詩人達が集まる貴重な空間のひとつでした。その「Poe-Tri」に足繁く通っていた朗読詩人やオープンマイカーが「どんと、こい!」の参加メンバーに名を連ねていきました。
私が「どんと、こい!」の元になる詩誌への誘いを受けたのは、2013年の3月です。神楽坂で催されていたオープンマイクが終わった後、その会場でモリマサ公さんと大島健夫さんに誘われたのが最初でした。雑誌のアイデアやコンセプトはモリマサ公さんから生み出され、巻頭特集のゲストには三角みづ紀さんをお迎えしました(ちなみに、「どんと、こい!」という誌名はメールでモリマサ公さんが三角さんに依頼をした際に、三角さんから返ってきた言葉を拝借したものです)。編集作業は急ピッチで進められ、構想から4か月後の2013年7月、創刊号は「TOKYOポエケット」で発売されました。

初期の「どんと、こい!」は、詩作は勿論のこと、イベントレポート、連載コラム、座談会等参加メンバーの活動を前面に押し出した内容になっていました。当時は1人の詩人・パフォーマーとしてではなく、「スポークンワーズ」というスローガンの元でグループとして活動することに、少なくとも私は魅力を感じていました。スポークンワードというパフォーマンス形態が少なからず知られるようになった今となっては、「スポークンワーズ」という言葉自体が曖昧模糊とした表現に受け取られるかもしれませんが、まだ明確なジャンル分けがされていない声と言葉による未開の領域だったからこそ、私たちは可能性を感じていたのだと思います。
また、「どんと、こい!」の活動は誌面だけに留まらず、発刊の際にはゲストとして詩を提供いただいたぬくみりゑさん(第1号)、ジュテーム北村さん(第2号)、そして鈴木陽一レモンさん(第3号)が所属するスポークンワーズバンド「コトナ」の映像作品もそれぞれ作られ、リリースパーティーも開催されました。
それと同時に、「どんと、こい!」の発想の中にはポエトリーリーディングのシーンを包括的に捉えて過去・現在・未来を繋ぐという視点がありました。第2号では村田活彦さん、3号ではさいとういんこさんに、それぞれの視点からのポエトリーリーディングの歴史を語っていただくロングインタビューを敢行しました。
やがて、参加メンバーがそれぞれの活動の幅を多岐に広げていったこと、2015年より開始された「ポエトリースラムジャパン」から端を発した流れの中で、「どんと、こい!」は現在進行形のポエトリーシーンと歩調を合わせる形に変遷していきます。第5号では、フランスで催されたポエトリースラム・ワールドカップに出場した大島健夫のロングインタビューが巻頭を飾り、ワールドカップで掲げられている「Best Poet Never Win」というフレーズが初めて日本に紹介されました。その一方で、第6号では桑原滝弥さんや成宮アイコさんといった幅広いフィールドで朗読活動を展開されている方にも詳細なインタビューを行い、多方面からポエトリーリーディングに対する考察を深めました。最新号となっている第7号(2017年発売)では、2000年代から現在までのポエトリーシーンを繋ぐ特集として馬野ミキさん、Anti-Trench(向坂くじらさん、熊谷勇哉さん)、もりさんのインタビューが掲載されています。

2021年12月現在「どんと、こい!」の今後については未定となっています。2018年には、これまで「どんと、こい!」誌上に掲載されたインタビューをまとめて、新たに谷川俊太郎さんのインタビューを収録した書籍「いま、詩を生きる」を刊行しました。コロナ禍に至るまでのシーンの変遷の中で、雑誌媒体としての「どんと、こい!」は一定の役割を果たしたのではないかと、私個人は考えています。


・オープンマイク「SPIRIT」について
ポエトリーリーディング・オープンマイク「SPIRIT」は、2014年12月から渋谷RUBYROOMで毎月第一月曜日に開催されているオープンマイクです。2019年12月までは大島健夫とURAOCBが、2020年1月より伊藤竣泰さんと遠藤ヒツジさんが主催を務めています。
「SPIRIT」を開催するきっかけとなったのは、2014年4月にRUBYROOMで催された「どんと、こい!」第2号リリースパーティーでした。ステージの上で大島さんがパフォーマンスする姿を見た時、まるで「Poe-Tri」のような会場とポエトリーの相性の良さを感じました。後日、大島さんもブログで同じような感想を書かれていたのを覚えています。その後、大島さんと新しくオープンマイクイベントを催したいという話になった際に、会場の候補としてRUBYROOMが上がったのは必然だったと思います。
これは初めて記すことですが、「SPIRIT」は最初から継続することが約束されたオープンマイクではありませんでした。クラブミュージックやロックのイベントが中心になっていたRUBYROOMにとってポエトリーリーディングは全く未知のジャンルであり、試しに一度開催してみようという運びで実現したのが、2014年12月1日に催された1回目の「SPIRIT」です。今後の運命がかかった大切な1回目のスペシャルゲストとしてお迎えしたのは、「どんと、こい!」の時と同じく三角みづ紀さんでした。当日はオープンマイク以外にも多くの方が詰めかけ、会場が詩と言葉で満たされました。そして、2か月の期間を置いて2015年の2月から、「SPIRIT」は毎月開催されることになりました。

「SPIRIT」を催すに当って、私たちが構想したのは「Poe-Tri」の延長にあり、しかし決して焼き直しにはならないオープンマイクでした。長年の経験に基づく大島健夫によるオープンマイクのオーガナイズ、DJだったURAOCBによるパーティーのオーガナイズ。異なるイベントを作り上げてきた2人の世界観を融合して「SPIRIT」は生まれました。
何より大切なのは、来られた方に「ここで朗読したい!」と思っていただけるようなステージを作ること。そのために空間作りは勿論ですが、スペシャルゲストの選定と、主催の朗読はクオリティを高くしなければならないという気持ちが常にありました。
印象的だった思い出は幾つもありますが、大島さんがポエトリースラムジャパンで優勝した翌日、2016年3月の「SPIRIT」で開場前に沢山のお客様が階段の下まで並ばれていた風景は今でも忘れることはできません。あの時を境に、お越しになる方や読まれる方の数は増え、開始時間を前倒しにしてオープンマイクの参加枠も増やすことになりました。「どんと、こい!」の項でも触れましたが、「SPIRIT」もまた「ポエトリースラムジャパン」以降のシーンの流れと無意識に連動して、流れを生み出していったのだと思います。
 そのような状況の中で、「SPIRIT」ではポエトリーリーディングやオープンマイクのシンプルな魅力、素晴らしさを伝えることを念頭に置いて進行していました。何を以て「詩」を定義するのかについては様々な意見があると思います。ただ、多様性に富んだポエトリーリーディングのオープンマイクという空間の豊かさに触れ、私の人生もより豊かな方向へ導かれました。パフォーマンスの優劣や声の大小に妨げられることなく、自分だけの時間を手にすることができる尊さ。その意味を多くの方と分かち合うことは、とても必要であり重要であると、今でも思っています。

「SPIRIT」の主催を降板することを決心したのは2019年の9月でした。
理由は、私個人の事情によるものです。
大島さんに話を切り出した後、私たちは今後のことを話し合いました。これを機に「SPIRIT」を終わらせることもできましたが、その決断を下すのは難しいことも私たちは理解していました。5年の歳月を経て、「SPIRIT」は私たち主催2人の手を離れて参加される方それぞれのために存在する、限りなく公共に近い空間になっていました。これも、始める時の指針として大島さんと話したうちのひとつですが、「SPIRIT」で朗読に興味関心を持たれた方がスペシャルゲストとして出演されるところまでいけば、オープンマイクイベントとしては成果を生んだと言えるのではないかと考えていました。奇しくも、私たちが主催を務めた最後の1年間でそれは実現しました。私たちの手を離れても、その場所に集まる方々の情熱があれば「SPIRIT」は継続することができることを確信して、伊藤さんと遠藤さんに主催をバトンタッチしました。
2019年12月、「どんと、こい!」創刊時からのメンバーでもある菊池奏子さんをスペシャルゲストにお迎えした、私たちが主催する最後の「SPIRIT」には沢山の方々に足をお運びいただきました。新しい主催を紹介して最後の挨拶を終えた時、それまで味わうことのなかった感慨がありました。それは、やり遂げたという充実感と新しい場所に向かうという決意を含んだものでした。
2020年から新しい主催となった「SPIRIT」は、コロナ禍での困難に遭遇しながらも着実に伊藤さんと遠藤さんの空間へと進化しています。これからも、小さな声が小さなままで澄み渡るような空間を守り続けてくれることでしょう。

・ 「どんと、こい!」と「SPIRIT」を通して得たものについて
先述したことの繰り返しになりますが、「どんと、こい!」と「SPIRIT」、この2つは、参加される方が少なかった2013年から、オンラインやスラムを含めた現在の隆盛までのポエトリーシーンを繋げ、歴史の一端を飾る存在であったと思います。
私個人の話としては、一介のオープンマイカーに過ぎなかったURAOCBにとって「どんと、こい!」と「SPIRIT」を通して得た様々な出会いは成長の糧となりました。それまで触れることのなかった現代詩の方々(立ち位置は違えど、真摯な姿勢で臨まれていたのが印象的でした)。ライブハウスやクラブでは出会うことのなかった、ポエトリーリーディングの現場だからこそお会いできた皆様。そして、嘗て現場でお会いしていた、もう一度顔を合わせることが叶わなくなってしまった方々。
時は流れ、人は移り変わっていきます。これからもポエトリーリーデイングは、山と谷を繰り返しながら時代や社会の一端を映し出す鏡としての役割を果たしていくことでしょう。僅かな期間ではありましたが、自分がその一助といえる立場にあったのは幸運でもあるし使命のようなものでもあったのだなと、少し離れた場所にいる現在はそのように考えています。