「もし明日地球が滅亡するとしたら」千島
『もし明日地球が滅亡するとしたら』
それは、小学校の卒業文集の、ひとことコメントの寄せ書きのテーマだった。
そこに僕は、『ドラクエⅢをクリアーする』と書いた。
ドラクエⅢとは、ドラゴンクエストⅢの略で、勇者とか戦士とか僧侶とか魔法使いとか武闘家とか賢者とか遊び人とかいろいろな職業の人たち四人くらいのメンバーで、モンスターを倒しながらレベルを上げながら世界中を旅して、最後にボスを倒すという、シリーズもののロールプレイングゲームで、その三番目のファミコン作品だった。
ドラクエⅢの発売日には、店の前に長蛇の列が出来たらしい。僕が買ってもらったのは、発売日をとっくに過ぎて、ドラクエⅢというのが社会現象になったあとだと思う。
僕にはきょうだいがいて、一つのカセットで三人で遊んでいた。確か、それぞれが別の名前でキャラクターを登録していたし、別々にセーブできたような気がする。描いていた自分の漫画のキャラクターの名前を勇者たちの名前に当てはめたり、ダイの大冒険というドラゴンクエストの漫画作品のキャラクターの名前をそのまま当てはめて、ダイ、ポップ、マァム、とかにしていたような気がする。
ゲームは、宿屋か王宮に行ってセーブする。していたような気がする。宿屋に泊まると体力と魔法力が全回復する。したような気がする。
いろんなモンスターがいて、暗い洞窟とか毒の沼地とかいろんな場所があって、モンスターと戦ったあとにもらえるお金を貯めて武器や防具や道具やくさりかたびらや薬草や聖水を買って、メタルスライムは経験値が高いのにすぐ逃げちゃうからなかなか戦えなくて、レベルアップと共にいろんな呪文が使えるようになって、唱えると何が起こるか分からないパルプンテとか自己犠牲のメガンテとか覚えて、ばくだんいわにじばくされて、空を飛ぶことも出来るようになって、職業も転職することも出来て、頑張ると頑張るだけ成長していくこのゲームの中で僕が一番印象に残っているのは、モンスターのことでも呪文のことでもレベルアップのことでもない、ある宿屋でのできごとだった。
ある町のある宿屋に泊まる。宿屋に泊まると普通は、真っ黒な画面になり、短い音楽が流れて、朝になる。
だけどその宿屋は違った。
その宿屋に泊まると、夜、女の人が部屋に入ってくる。
「ねえおにいさん」とか言って。
で、僕がなにか言って、そうすると、「ぱふぱふしない?」だったっけな、女の人がそう言ってくる。
ぱふぱふとは何か。僕は分からなかった。だけどなんか女の人が僕を誘ってきていることは分かって、いつもと違う感じがして、少しどきどきした。
それで、はいとかいいえとか、選択肢を選ぶんだったっけな、選ばなかったっけな。
「やめておく」みたいなほうを選ぶと、「ふーん、まじめなのね」とか言われたような気がする。いや、「なーんだ」だったっけな。
で、僕は分からないけどやめておかないで、「はい」とかなんかそっちのほうを選んだんだと思う。
そうすると、画面が真っ暗になって、白い文字だけが流れる。
......今、父親がきた。
滅多に会わないのに、送られてきたアスパラをくれるとかで、喫茶店の前まで来たって連絡が来て店の外に出て会ってきた。なんでこんなタイミングでよりによって父親に会うんだ。せっかくいいとことろだったのに、台無しじゃないか。
はあ。気を取り直して僕は書くんだ。
ええと、それで、「ぱふぱふしない?」って聞かれて、「はい」とかなんかそっちのほうを選ぶと、画面が真っ暗になって、白い文字だけが出てくる。そして、文字と、文字の流れる音だけが流れる。
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「うぷぷぷぷ」
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「うぷぷぷぷ」
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「こっ、これは......」
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「............」
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「きもちいい......」
セリフを全部覚えていないけど、なんとなくこんな感じだったと思う。
僕は、なんだか分からなかった。なんだか分からないけどなんとなくちょっといけないことのような、秘密のことのような、でもなんだかうずうずするような感じで、僕はどきどきした。
ぱふぱふってなんだろう。ぱふぱふってなんだろう。
うぷぷぷぷって、なにをしてるんだろう。
全然分からないけど、暗闇の中で、宿屋の一室で、男の勇者と女の人がなにかしてる。しかも、きもちいいらしい。
僕はたまらなくなって、何回も何回もその宿屋に行って泊まった。
でも、弟たちが見てるから、一日に何回も行くと変な気がしたから、はじめは一日に二回とか三回とか行ったこともあるけど、あんまり行くとあやしまれると思って、そんなにたくさんは行かないようにした。
僕はぱふぱふが気になった。なんだか分からない。
その宿屋は僕たちきょうだいの興味をひいた。分からないけどゲラゲラとひそひそと笑った。
あれは、日曜の午後だっただろうか。弟がその場にいた両親に聞いた。
「ぱふぱふってなに?」
母親か父親かどちらかが、なんか分からないというような感じで少し笑うような感じで「お化粧の、パフのことじゃない?」と言った。化粧の粉をつける時に使うスポンジみたいなやつのことだ。でもパフじゃない。
「ちがう。そういうかんじじゃない」弟が言った。僕もそう思った。なんかそういう感じじゃない。でも、なんとなく親に聞くことじゃないようだということは分かっていた気がする。
学校から帰るとすぐ、弟たちがいない間にすぐにテレビをつけて2チャンにして、ファミコンを設置して、ひとりであの宿屋に行こうと思った。それで何回も繰り返しあの場面を見るんだ。ひとりで。誰もいなければ思う存分見れる。
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「うぷぷぷぷ」
Aボタンを押す手が熱くなる。
「ぱふぱふ、ぱふぱふ」
「うぷぷぷぷ」
ひとりでその画面を見終わったあと、僕はまるで宿屋になんて行っていなかったかのようにその町を離れた。そして、どきどきと、もんもんとした気持ちでたまらなくなって、トイレに駆け込んだ。
ズボンとパンツを下ろし、トイレットペーパーを手にして、包み込むようにちんちんをさわった。
ああ。
きもちいい。
なんか分かんないけどきもちいい。
どきどきする。
ああ、分かんないけどどきどきする。
分かんないけどきもちいい。
ぱふぱふ、ぱふぱふ、と、僕の頭の中では宿屋の会話の文字がずっと流れていた。
それで僕はちんちんをさわった。
ぜんぜんなんだか分からないけど、どきどきしてきもちよかった。
でもこれは弟たちにばれちゃいけないことだっていうことはなんとなく分かった。
トイレから戻ると、僕はなにごともなかったかのようにゲームの続きをした。あるいは、その日はもう、ゲームをやめてしまったのかもしれない。
それから中学生になってからは、僕はダイの大冒険の漫画でポップがマァムのおっぱいをもんでいるシーンや、ヒュンケルがマァムを平手打ちしているシーンを見てなぜかどきどきして、漫画をトイレに持って行ってちんちんをさわった。
ちなみに、どうしてトイレでそんなことをしていたかというと、なにかの時に、僕が布団の中でちんちんをさわっているということが弟に知られて、その時に、「まだそんなことしてんの?」と、まるで、ちんちんをさわるのは小さい子どものやることだというような口調で言われて、さらに、「僕はトイレでやってるよ」と言われたんだ。まるで、大人になると布団じゃなくてトイレでスマートにやるんだというような口調だった。
それを聞いて僕は、そうか、そういうものなのか、と思い、トイレだと立ったままでちょっと変だけど、これはこれで気持ちいいし、立ったまま、左手に漫画を持って右手でちんちんをさわって、背伸びするみたいに僕はたてに伸びて、なぜかトイレの便器には背を向けて、ドアに顔を当てながら気持ちよくなっていた。でもそんな器用なことはやっぱりできなくて、漫画は早いうちに床に落としてしまった。
通学の電車の中の吊り広告の水着の女の人たちの写真をじっと見て、どきどきした気持ちのままそれを覚えて帰って、トイレでちんちんをさわった。
あとはウォシュレットが設置されてからは、水をちんちんに当てて気持ちよくなるゲームみたいなのをしてた。すごく気持ちよかった。
だからなんとなくあのぱふぱふというやつも、もしかしたらおっぱいに関係があるのかなと思ったり、なんだか分からないけどちょっとどきどきするいやらしいこと、みたいなふうに僕は思っていた。
宿屋で、ぱふぱふが終わり朝になると、「またいらしてね」みたいなことを、女の人が言っていたような気がする。
これは、勇者が男の時だけ発生するイベントのようだった。勇者が女だと、普通にただ朝になったような気がする。残念だった。
あとは、町の人か仲間の誰かにぱふぱふのことを聞いた時かな。「やーねえ、ふけつだわ」と言われたような気がする。それで、ふけつってなんだろう、と思ったような気がする。
僕は、あまり母親や弟たちに見つからないように、何回かその宿屋に行った。
それから、冒険はいいところまでは行ったような気がする。レベルもそれなりに上がって、いろんな呪文も覚えて、武器や防具もそろえて、転職もして。だけど僕は物語の最後まで進んだことがなかった。
ああそうだ、中学受験のための塾通いとかいうわけの分らないものがはじまって、僕は一旦遊ぶことができなくなってしまったのかもしれない。
僕はドラクエⅢをクリアしたかった。だけどいまだにクリアできていない。というか、それ以来ドラクエⅢをやっていない。やるゲームはファイナルファンタジーになり、クロノトリガーになった。そうだ僕は、それ以来テレビゲームをやっていない。
ドラクエⅢをやらなければ、ドラクエⅢをクリアすることもない。でも、僕はもう、ドラクエⅢをやることはない。
世界では戦争が起きている。日本でも毎日戦争が起きている。核戦争で、いつ人類が滅亡してもおかしくない。
もし戦争が起きて死ぬのなら、最後の瞬間までピアノで革命のエチュードを弾いていたいと、長い間ずっと思っていた。ああ、だけど僕はその革命のエチュードすら、弾けるようにならないままでいる。
もし明日地球が滅亡するとしたら、今の僕はなんて答えるかな。
地球最後の日は、僕はピアノを弾いて、歌を歌って、サッカーして、そして最後に、僕はやっぱりいつもと同じように喫茶店で友達に手紙を書いて、最後まで手紙を書いて、最後の瞬間まで手紙を書いて、その途中で死んでもいいけど、手紙を書きながら死んでもいいけど、でも、本当は最後まで書きたいから、友達への最後の言葉を残して、書き終わったら、書き終わったら、書き終わったら、ペンを置いて、空を見て、はあって少し息をはいて、そしたら、そのあとに、風が吹いて、そしたら、地球が滅亡しても、いいよ。