「イカ呆温泉」ヒラノ
平野 A-smog
新宿のバスターミナルから出発、群馬県へ
伊香保温泉に到着
バスの中で席を立ち、降りたのは僕らとあと二組ぐらいだっただろうか
残り、つまりバスの乗客のそのほとんどは伊香保の先にある草津に向かうそうだ
宿に向かい荷物を下ろし、さっそく山あいの温泉街の探索に出る事にした
右に坂を上り、左に折り返しまた坂を上り、また右に坂を上りというのを繰り返す
20mか30mおきに< この様に織り成される
> コンクリートで整備された山道にそって商店街があった
しかし、何軒も列なるその商店は全てと言ってよいと思う
どこもシャッターが閉まっていた
焼き鳥ラーメンの昇りが立つシャッター、温泉まんじゅうをガラス越しに作っていただろうカウンターとシャッター、何屋だか想像がつかないシャッター、
シャッター、シャッター、シャッター
坂を上って、曲がって、待っているのはシャッター
遠くに見える廃業しただろうホテルと旅館
思い浮かんだのは「ゴーストタウン」それもショッピングモールが無いのだからゾンビすらいない
どうやら伊香保のかつての盛況は草津に吸い上げられてしまったらしい
僕らが見たあのパンフレットの写真、あれは何だったのか?
「なんだか寂しいね...」と言う僕に群馬の冷たい風がさらに追い討ちをかける
「もうちょっと行ってみようか?」と坂を登っていくと
あった!文明の光だ!左右をシャッターに挟まれたその間にショーケースの明かりが点っており、店内にカウンターも見える
「入ってみよう」と「んん?」
その入り口にあるショーケースの中に奇妙な物体を見た
それは埃をこれでもかと被っており、元は青と白だろうというのは想像つくが何と形容してよいかわからない色をしており、二頭身で、でも僕が知っているアレとはなんだか違う、だが首元には鈴が着いている
「おいこれ、ドラえもんのぬいぐるみの偽物じゃん?!」
ここで、今ここまで読んで頂いている貴方に質問をします
「貴方はドラえもんの偽物を見たことがありますか?」
僕は見たんですよ、もはやドラえもん色ではないドラえもん的な何かを
商標権に煩いらしく国内ではまずありえないそれを群馬で発見した、ゴーストタウンで、だよ?
これはデカい収穫があるかもしれないとテンションを上げつつ店内へ
そこは誰もが修学旅行で入ったことのあるような作りとお土産が列び、店内中央にレジ、その後に二階へと延びる階段があった
「なぁ、あんたがた!」店番のお爺ちゃんが声をかけてきた
「なぁ、あんたがた!猫いるかい?」
「はい?猫ってネコちゃん?あのドラえ...じゃなくて生猫ってこと?いや、ムリムリムリ...」
こちらの返事も一切聞かずドタドタと二階に上がっていくお爺ちゃん
店内は僕らしかいない
そうしてしばらくするとドタドタと音を立てながらお爺ちゃんが段ボールを抱えて降りてきた
しかし、大きい段ボールだ
その段ボールをバンっ!と些か乱暴にカウンターに置いた
「ほら!この子!」
「え~!?えっ?子猫じゃねーじゃん!?」
その段ボールに入っていたのは大人の成猫、人間にしたらオッサンであろう、すでに仕上がっている猫で、そいつが僕の事を迷惑そうに睨んでいる
普通、こういう時というのは産まれたての小さな子猫だと決まっているだろう?なんなんだよ、コイツは、こいつらは!デケぇんだよ!子猫じゃねーだろコイツは!
オッサンじゃねーか、そしてそいつは身動き一つせず僕を迷惑そうに睨んでいる
このジジイもこちらの話など何も聞かずに上機嫌で何やら雑誌をカウンターに広げだした
「ウチの子ね、雑誌に出たことあるの!」
「ほら!見て見て!ここここ!この子ウチの子!」
「シロちゃん!」
そうしてジジイが雑誌を指差した所には白猫が写っていた「群馬県、シロちゃん」と書かれている
しかし、僕をさっきから睨みつけている段ボールの中のそれはサバトラと呼ばれるグレーと黒の模様である
「???」
これはどういう事なのだろうか?理解出来ない、意味がわからない
「ちょっと宜しいですかね?」僕はそっとその雑誌を閉じ、表紙を見た
「猫の手帳、8月号」
「昭和54年発行」
「!!!」
雷に撃たれたような気分だ、僕達に衝撃が走った
話を整理しよう
まず、ゴーストタウンの温泉街
いくつもシャッターを通り越し見つけたネコ型ロボット的な薄汚れたそれ
ネコいるかい?の意味不明な質問からの完全に仕上がった大人の猫、しかも他の個体と比べてデカい、発育がすこぶる良い
これ、シロちゃん!ウチの子というが目の前のコイツは白くもねぇし絶対にシロちゃんじゃねぇ
昭和に発行された猫の手帳、よく見りゃ使い古された辞書みたいなってる
魔境
そんな言葉が頭をよぎった
撤退しよう、目で合図を送る
彼女も小さく頷く
これ以上、ここには居られない
「ネコ大丈夫ですから!」
「いいよ、持っていきなよ」
「ネコ大丈夫ですから!」
「いいよ、持っていきなよ」
「ネコ大丈夫ですから!」
「いいよ、持っていきなよ」
ジジイとの激しい攻防が始まった
「ンコ大丈夫deathからー!」
僕は強引に振り切った
店のシャッターの溝が見える
あそこを超えれば僕達の勝ちだ
あのふてぶてしいンコもともお別れだ
シロちゃん?どんなファンタジーだよ?
シャッターの溝を跨いだ僕達は「勝った」と頷いた
シャッター、ネコ型ロボット、ンコ、シロちゃん
僕達はバグってしまったのか?
列なるシャッターに身を置き北風が沁みる
だが、汗をかいている
温泉街だけあって沸くいてるよな、マジで
~あとがき~
観光地同士の競争の苛烈さに正直に驚いてしまった
あまりに残酷である
そして自らの固定概念、ネコをもらうというのは子猫にしかありえないという決め付け
シロちゃんは置いておいて最大の謎であるさっきまで一緒にいた、何年も連れ添ったネコを何故僕に托そうとしたのか?わからない
自分の余命を考え、飼育出来なくなる事を見据えていたのだろうか
あるいは痴呆症を患っていたのだろうか
だとすれば誰が介護していたのだろうか
いや、店番を一人でさせれるのだろうか
一体全体、あれらは何だったのだろうか
山あいの坂の先のシャッターの向こう側
ドラえもん的な、しかし違う知らない奴
まだ、あるのだろうか?あの魔境の小屋