「クリーニング工の夜」馬野ミキ
はじめて職長を任された浦和のマンションの最終日は
メンバーが総出で来た
最底辺の孫請けの ひ孫のような うちの会社は
自前の脚立すらなく
人数分の脚立を電気屋さんや設備屋さんに頭を下げて都合してもらい
計画通りに進むことはない
あらゆる職人たちの
おのが満足する
こだわりの最後の作業を終えて
至福の一服を吹かし
そんな時代もあったねと笑い
シーマやハイエースに乗り込んだ後
宙のほこりを写す
投光器の光りのなかで
クリーニング工の夜は始まる
引き渡しの期日はどうしたって動かない事実だ
自分より年上の人間や
経験の長い先輩を、仕切る
本当は分からなくたって迷ってたって、俺が仕切らなくてはならない
職長だから
鳶を頂点とする建築現場ヒエラルキーの最下層に
養生・クリーニング屋は位置している
誰にでも出来る仕事で
単価ももっとも安い
月の輪郭が少しずつ濃くなってゆきゆきて
でも用事があるとか
疲れたとか
どこかが痛いとかは関係ない
明日までに仕上げなくてはならない
期日はどうしたって動かない
そのうちに飛び交う、罵声も止んで
最後はみんな黙って
ただ、する
ただ、行為をする
ただ「行為をする」ということがもっとも効率が良いからだ
土工たちはもう違うどこかで酔っぱらってて
大工は湯舟のなかにいて
鉄筋屋は女を抱きしめ
居残りの監督と
マンションの一部屋一部屋をチェックしてく
あらゆる場所が売り物になる場合、その部屋の鍵を閉める
何かがだめな場合、俺が誰かを呼んで指示を出す
木くずやボードのカス
はみ出したコーキング
フローリングについた足跡
なんらかの接着剤とか謎の付着物
しんくの水滴
職人がどこか手直しをしていればそこがまた汚れている
電気をつけたらスイッチに指紋がつく
それは売り物にならない
客は何千万の買い物をする
監督はビジネスである
当たり前だ
みな、よい大学をでて一流企業に就職している
ボーナスが出るところにいる
いつか皆グアムかアムスへ飛ぶ
クリーニング工は
わからない
一カ月前まで何をしていたのかよくわからない奴とかも混じってる
戸籍を売ってなぞの氏名を名乗ってる奴も混じってる
漫画喫茶で寝泊まりしてる奴も混じってる
この、
浦和の現場は
自分らに雑工、クリーニングの仕事を振っていたK建設が暇になり
途中から単価の良いところをとられて
赤字が確定していた
うちの社長は
職長である俺をたてながら
赤字を飲んで
だが四つん這いになって
もう眼鏡の汚れを気づかないくらいに
点に集中して
点をなくした
うちのメンバーはみなそうだった
全員で点をみつめて
全員で点をつぶした
この会社は一年後につぶれた
子供が生まれた頃だった。