「ジョー・ガンケルのゲームボーイ」我妻許史
ゴールデン・ウィークと言っても何もやることがない。というか僕にとっては、ゴールデン・ウィークも平日も同じ一日。やることはどの日も変わらない。スーパーに行ってその日の食料を買い出し、家に帰って買ってきたものを調理、ビールを飲んで野球中継を観る。これが僕の生活の基本線で、野球の試合がない日はソファで抜け殻のように転がっている。
五月五日、こどもの日。僕が応援している東京ヤクルト・スワローズは、敵地甲子園に乗り込んでの一戦だった。ゴールデン・ウィーク期間の催しとして、阪神タイガースは「ゴールデン・ウィークこどもまつり」と銘打って、スコアボードはひらがな表記、阪神の攻撃時は各打者の「こどものころのたからもの」が紹介され、満員の甲子園は、ビジョンに「たからもの」が映し出されるたびに歓声が上がった。
ちなみに近本選手の「たからもの」は、「イチローせんしゅのサイン」で、佐藤選手の宝物は「レゴブロック」。ほかにも、「ゆうぎおうカード」や「ポケモン」など、なるほど子どもらしい回答が続く。「俺はどうだったかな......」と試合展開をぼんやりと追いながら考えていると、幸先よくヤクルトが先制する。ここ最近の阪神は調子が悪い。阪神ぐらいの人気球団になると、ファンの声はとてつもなくでかい。ネットでもニュースでも「監督が悪い」、「球団の体質が」、「選手が」とメディアもОBもファンも騒ぎ立てる。
「人気球団はつらいね」そんなことを思いながら画面を見つめていると、ガンケル投手が打席に立つところだった。彼の「たからもの」が電光掲示板に映し出される。彼の宝物は「ゲームボーイ」だった。
へえ、さすがは任天堂。海を越えてベースボール・キッズを魅了しているとは。それにしてもゲームボーイって俺の世代じゃないか? というか、ガンケルって何歳なんだろう? ウィキペディアの情報を見ると、彼は一九九一年生まれの三十歳。僕が今年四十歳だから約十個の差があることになる。すでにスーパーファミコンや、プレイステーションが登場しているはずなのに、彼にとっての宝物はゲームボーイなんだ。なぜだろう? 年の離れた兄弟がいるとか? 残念ながらウィキペディアにはそういった情報は載っていない。
僕の少年時代の宝物は三つあった。エドウィンのGジャンと、少年漫画と、任天堂ゲームボーイ。Gジャンには内ポケットがついていて、そこにはゲームボーイがすっぽりと入るようになっていた。右手に漫画を抱えて、ゲームボーイを懐に抱いて、砂利道(まだ家の近所はアスファルトに舗装されていなかった)を駆けて川っぺりに遊びに行く。内ポケットから相棒を取り出して電源を入れる。任天堂のロゴが画面の上部からゆっくりと下降してくる。この時間がもどかしいけど、川の流れを見ながら気分を落ち着ける。やがてゲームタイトルが表れて、僕はスタートボタンを押す。さあ、冒険だ。
誇らしく楽しい少年時代。マジでエヴァーグリーンって感じだ。
ゲームボーイには多くのことを教えてもらったし、現実では味わうことのない体験をさせてもらった。神をチェーンソーで真っ二つ(魔界搭士SaGa)、無限の字を描いて砂漠で見えない扉を開ける(聖剣伝説)、フクロウに導かれて島を巡る旅をする(ゼルダの伝説)、アイテムを万引きすると「どろぼー」と呼ばれる(これもゼルダの伝説)......。
田んぼに囲まれながら僕は何度もマジカルな体験をした。白黒のドット絵の世界で戦い、傷つき、勝利した。いくつものマンガン乾電池を消費して! あの日々ははっきりと魔法だった、と断言できる。
夢のような時間は永遠には続かない。声変わりが始まったころには、宝物たちは色あせ、僕の興味はほかのことに移っていった。冒険は終わった。今も冒険を続けているのは、夢を追い続けたやつらだけ。例えば、球場で躍動しているこいつらだ。彼らはデーゲームでも輝いている。だからスターなんだ。
僕はジョー・ガンケルのゲームボーイに想いを馳せる。きらきらと目を輝かせて猫背になりながら小さな画面を熱心に見つめているフロリダの少年の姿を想像する。
僕は冷蔵庫の扉を開けて二本目のラガービールを取り出した。マウンド上のガンケルはキャッチャーミットめがけて一五〇キロを超えるカットボールを放り込んだ。