「セミと大木」中川ヒロシ
2022年08月24日
数百年の間
大木の夢は自分の樹液を自分でなめてみることでした
ある時 大木はセミにむかってこう言いました
「どうかな ぼくの樹液ってやつは
そりゃ おいしいものなんだろうね」
セミが答えました
「そうでもないよ まぁまぁだよ」
大木はきき返しました
「そんなことはないだろう」
セミが言いました
「いや まぁまぁだよ
それより君は たくさんの
ぼくのご先祖さまを見てきたんだろう?
ぼくの先代や 先々代は
それは立派な方だったんだろうね」
大木はちょっといじわるく言いました
「そうでもないよ まぁまぁだったよ」
セミはだまってしまいました
大木もだまりました
大木の横を 角を揺らしたシカが
ゆっくり通りすぎていきました
その時 セミがいばったように言いました
「ぼくはあと三日しかここにいられないんだ
それで 君に質問なんだけど
歴史ってやつはどうなんだい?
君はたくさんの歴史を見てきたんだろ
いいものらしいね 歴史は」
大木はしずかに答えました
「そうでもないよ まぁまぁだったよ」
セミが早口にいいました
「まぁまぁか・・
そりゃまぁまぁさ・・
まぁまぁだろうね・・」
大木が最後にいいました
「安心した?」
「安心した」
それからセミも大木も
もう何も話しませんでした