「ドッグラン」 馬野ミキ
2023年04月22日
なまえだけ良くなった
そのクリニックから
まるで密室みたいなエレベーターで地上に降りて
ファミマのまえの信号待ち
山手線の内側に住む人たちがもつ独特の品の良さと他人の素振りで横断歩道を共に歩き
カフェ裏の駐車場の隅
少しずつ輪郭がくっきりしてきた日陰と日向の間で
煙草に火をつけ
処方箋に書かれている通りの薬を
バッグに仕舞う
さっきの横断歩道から
大柄なスリーブレスの白人女性が
ぼくらの後ろを歩いている
憧れの日本に来たけれど
少し照れてスマートフォンを見てる
西門から僕等は代々木公園に侵入し
案内図のまえで立ちどまり
二又で左を選んで
きみは遠くにシェルティーを見つけたと言う
僕にはまだ見えなかった
以前クリニックにデイケアがあった頃
お昼の散歩でそういえばここに来てドッグランがあったなあと記憶がほぐれてきた頃
きみはドッグランを見つけて
足がはやくなった
誰かが少し遠くでチューバの練習をしている
木々と葉々の隙間から漏れる
ひかりの道を抜けて
僕らは約束のドッグランに到着する
大型犬、小型犬、もっと小さい子
渋谷区が定めた使用条件のルールをもとに
しっぽを
アンモナイトか銀河のようにくるっとさせ
あはあはと嬉しそうに舌をだし
まじの野生のごとく四つん這いで
全身を使い
躍動してる
ケツの穴を嗅ぎ合い
しなやかに走り
時に吠え
或いは人間がインテリジェンスと呼ぶものの範疇には
おさまりきれない神性で
ぼくらは柵の外で彼らに見とれる
きみは一匹ずつ、ぼくに犬種を解説した
あの子はフレブル
あの子は何ちゃらかんちゃら
あの子はワルシャワマッドネスチルドッグ
でもミックスかも
何しろ、偶然にも世界中のすべての犬が一堂に介している
勿論、怪物みたいのや羽根がはえてる神話からきたような者もいる
カラスもいる
君は、
私はもうこの柵の中に入って出てきたくないよと泣いたー