「パニックホテル」ヒラノ

2024年08月18日

金縛りにあった、初めての経験だった
ヨシにその事を話した

「寝てる時に寝てる夢を見てるからそうなるんだよ」

ああ、なるほど
確かに記憶を辿ると夢の中で俺は寝ていたのかもしれない
夢の中で起きたはいいがが体が動かない、この時点で俺はまだ睡眠中である
動け!起きろ!でも、動かない動けない
パニックのまま朝を迎えた
起きた、やっと起きれた

その日は打ち合わせが長引いた上に余計な無駄話もかさみ完全に終電を逃した

俺とあと二人、なんでかよくわからない、タクシー代がもったいないという事で男三人でラブホテルに入った
改めて三人で同性愛者では無いと確認して二階の部屋に入った

あれ?こいつらって俺の何なんだっけ?
知人?友人?違う… 
何だったっけ?

とりあえずシャワーを浴び、しょうもない話しをする
「あ!なんか飲みたくない?」
俺は小銭を握り部屋を出た

エレベーター前、銀のガムテープで手足を結ばれ口にもテープを貼られた男が縦縞のグレーのスーツの男に抱えられている
その抱えられている男は俺の知り合いのバンドマンでギターを弾いていた
あちこちのライブハウスで不義理をしているのも知っている

でも、なんで?なんでここにいるの?ガムテープでぐるぐる巻にされた涙目でオッサンにお姫様抱っこされたそいつは顎であっち行けと俺に合図し、首を振りながら何かを諦めているようにも見えた

「なにこれ?」

気のせいかな?いや、間違いない
あれは高梨君だった
良くわからないが見なかった、無かった事とし自販機で飲み物を買い部屋へと戻った
普通に怖いだろ
っていうか、誰だこいつら?この部屋の二人は?
廊下が急に騒がしくなった
着ぐるみやコスプレした連中がエアガンをぶっ放しながらサバイバルゲームをしている、M16にAK47
何なのよこれ?魚眼レンズには大暴れしている得体の知れない連中が映っている
そして突然のドアのノック
「ダンダンダンダン!」
「お客様?お客様!超過料金が発生しています!」
嘘つけよ?入ってまだ二時間も経ってないよ?
鍵をかけて無かった?ドアが一瞬開く、俺は膝を軽く曲げ重心を落とし肩でドアを押し返しながら「さっきチェックインしたばっかりです!」と必死に抗議するもズルズルとタイルカーペットの上で足が滑りドアが開く

「あれ?」
あれじゃないでしょ?謝って下さい!

そのホテルのスタッフとおぼしき人間は踵を返しエレベーターの方へ向かって行った
なんなのこれ?高梨君もそうだしエアガンぶっ放すウサギの着ぐるみだのアメコミのヒーローみたいなコスプレ野郎も、ほんとなんなのこれ?そんで同じ部屋にいるこの二人、これもなんなの?こいつら誰なの?冷や汗かいている俺を指差しゲラゲラ笑っている
とりあえず… 
仲間ではねーな
(マジでこいつら誰だ?)
薄明かり、有線がかかりピンクの照明の中、記憶を立て直す
待って?ちょっと待って?
打ち合わせって何の打ち合わせだったっけ?この二人って誰よ?マジで誰なんだよこの二人?

「わっかんねぇ…」

マジでわっかんねぇ、知り合いでも無いし友人でもない
でも、今、一緒に居る、同じ部屋に居る
マジで、誰?
なに、これ?

喉が乾いた、さっき買ったペットボトルはもう空だ
買いに行こう、だが勇気がいる、ドアの向こうはとち狂っている
でも行く、喉はからっからだ

エレベーターの横に自販機がある
悲鳴?「ふぁっ!」と声が聞こえた

その部屋のドアが僅かに開いていた
204号室だ
パイプ椅子に縛られている男がいた
腰縄に両手両足を別の紐で結ばれている、計三本のロープで自由を奪われていた
その男の肩にガスバーナーを当てているとんでもない光景が隙間から見えた
赤い炎ではない、青くゴーっ!と音を立てて真っ直ぐに伸びる工業用のそれだ
怖いのと好奇心とで息を潜めて見ていたら…
そいつの腕が破裂した
パンっ!鈍い音だった
どうやら沸騰した血液が腕を破裂させたらしい

そいつ?白目剥いてたよ
俺?怖くて四つん這いで自分の部屋に向かう
くすんだ赤い絨毯の廊下を一心不乱にハイハイで前進する

立てない、何あれ?ダメとかじゃない、ダメ過ぎる、見ちゃいけないヤツだ
パンっ!ってなによ?ヤバいヤバいヤバい!怖い怖い怖い!
部屋に!部屋に!急いで!急げ!

廊下を四つん這いでハイハイで201号室へと向かう、とにかく早く!

腰が抜けるってこういう事?
マジで怖ぇ、ほんとどうかしてる
しがみつく様にドアノブに手をかけ部屋に入り鍵を閉める

高梨君にウサギだスーパーヒーローだスチール椅子にガスバーナー

なんなんだよまったく…
怖いよ、なんなんだよこのホテル…

どうかしてる?し過ぎだろ?
俺は四つん這いで息を切らしている
ダサい?今の俺ってダサい?ダサくていいよ、とにかく怖い!アレはマズいよ、おおよそ俺のキャパを超えている

あ?あいつらは?
いねぇ… あの二人いねぇ

が、しかし…
今さら鍵も開けるつもりもない、そんな勇気は無い
震えが止まらない

ベッドに、布団に、とりあえず布団に入った

なんでだろう、すぐに寝てしまった

「おい?起きろよお前!」
「起きるんだって!起きて始発で帰るんだろ?」
「起きろって!」
「起きろよ!」
「ここはマズいだろ!」

ダメだ、動かない
動けないよ
このタイミングで金縛り?動けないんですけど!?
動けって!動けって!なんで動けないの?
起きろって!いや起きてるのよ?でも動けない
意識は、ある、たぶん
だが目すら開けられない

動けって!動けって!動けって!
俺の手!俺の足!首!動けって!

夢なら覚めろって!

俺は布団の中で歯を食いしばっている

起きろ!動け!起きろ!動け!
動いてくれよ…

夢の中で夢を見ている、狂っている
夢の中で夢を見ている、悪夢
夢の中で夢を見ている、パニック

俺は歯を食いしばっている

おやすみなさい 





ヒラノ