「世界を救うバイト」中川ヒロシ
「世界を救うバイト」
18才の時、僕は風俗街で
バイトの説明を受けた。
社長は色白のインテリでT大卒と聞いた。
「中川君、この世界の一番の病は何ですか?」
僕は緊張して答えた。
「ガンですか?」
「違います。この世界の一番の病は孤独です。
私たちの仕事は、孤独という病から
世界を救うお手伝いです。」
社長は続けた。
「この仕事をしていると、まれに警察が
君たちの業務を妨害することが
あるかもしれません。その時は大きな声で
言って下さい。僕らは世界を救う
お仕事をしているんです、とね。」
社長は話しながら目尻の涙を拭った。
しかしその後、渡されたチラシには
"ちょっぴり寂しい時、
アバンチュールを楽しみたい時、
とにかくなんでも話したい時、
貴女のお電話を紳士が
24時間お待ちしています"
と書かれていた。
テレホンクラブのチラシ配りに
慣れてきたある日、
事務所に戻るとバイト長が、
「中川君、社長がカバン忘れて帰ったからさ、
マンションに届けてあげて。」と言った。
僕は社長宅のマンションを訪ねて
その玄関を開けた。部屋の中で社長は裸で
キリストのように磔になっていた。
その社長をアザだらけの白のワンピースの女が
弓のようなもので的にしていた。
僕がカバンを見せると社長は平然と
「お、中川君ありがとう。
そこに置いといてください。」と言った。
僕が玄関の靴箱の上にそれを置くと、
金髪のハードポルノと、
箱買いのカップヌードルが似合っていた。
ある日、僕が出勤すると
「中川君、今日から中の仕事に入ってください。」
と言われた。中の仕事というのは
お客様がいない時間に、女性からかかってきた
電話を取って、サクラとしてお話するのだ。
僕は将来、ホワイトカラーになりたかったので、
中の仕事という言葉が嬉しかった。
最初の電話はテレホンセックスだった。
僕は「濡れてるんだね」と、
「濡れてるじゃないか」しか
言える言葉がなく全て棒読みだった。
次の電話は男からだった。
「おぉー、あんたいくつ?若いな。
俺の嫁さん抱いてやってくれんか。
綺麗なほうだわ。あんたがやっとるとこを
俺が見せてもらう流れな。あ、嫁に代わるわ。」
お客の声を聞く僕の前に、ホテルの
オレンジの灯りが妙にあざやかに見えた。
3本目の電話の女は、頭の悪い話し方をした。
寿司を奢ってやるから栄交差点に来いと言う。
別に寿司が食べたいわけじゃなかったが、
「わっ、お寿司ですか、行きます行きます!」
と言って電話を切った。
ちょいポチャの35才の女性らしい。
「社長、ちょっと電話の女性と
会ってきます。」と言って店を出た。
時々、女性と会うのも仕事なのだ。
栄交差点の前に立つと、
すぐにタクシーが停まって、
中からものすごく太った女が手招きした。
僕がタクシーに乗ると運転手にすかさず
「プリンスホテルに行ってちょうだい。」
と言った。僕は「えっ、お寿司に
行くんじゃないんですか?」と言うと
女は「もうカニ道楽のお寿司が買ってあるわ。」
と言う。僕が黙ると女は
「僕ちゃん、もしかしてお腹すいてる?」
と寿司をタクシーのシートに置いた。
僕はカニアレルギーだったが、
今は腹ペコのふりの方が女に好かれると思い、
寿司のカニをこっそり剥がして
ジャケットの内ポケットに入れた。
僕が米だけの寿司を二、三個食べた頃、
タクシーはホテルに到着した。
僕は熊みたいな女に、
とても欲情している若い勃起を見せつけようと思った。
しかし部屋に入ると、女はすぐに
スポーツバックの中から様々な道具を
ベッドの上に広げ始めた。
僕は「普通のやり方しかできません!」
と言ったが、女は僕の股間を左手で
強く撫でまわしながら、右手で電話をかけた。
「一人確保した。若いよ。
あっちは弱いみたいだけど。早く来なよ。」
僕は本当に恐ろしくなって
生まれて初めて土下座した。
そういうプレイは今はまだできないこと。
将来もしできるようになったら、
また誘って欲しいこと。
そのような約束を一方的に言って慌てて逃げた。
ジャケットの裏地にカニの汁がしみていた。
店に戻る道、僕は歩きながら
ネオンの全てが美しく
その中身の全部になりたいと感じた。
そしていくぶん大股で歩きながら
よし、僕は今、
大人になったと思った。