「兎男」鐘勢

2021年11月24日

「兎男」

君との予定がなくなって、俺の11月のカレンダーは、1日から30日の枠ではなく、1号室から30号室の独房になった。
30の独房には、ブルーグレーの囚人服を着た30人の俺が鎮座していて、カントリーBシアターに出演している子熊が抱いているような、おなかのあたりを押すと、きゃっきゃ、きゃっきゅと音が出るクマちゃんの玩具を抱いている。そして30体のクマちゃんたちを無秩序にきゃっきゅと鳴らし始めた時、俺の鼓膜はいつもの30倍その存在をアピールする。ただひたすらにエンドレスに続くジ・エンドの中、完全に身体を折り曲げて、つまり始発前のS宿駅のホームでベンチに腰掛けたまま、ブルージーなスムージーをキラキラと垂れ流す時の角度で、つま先を視界に入れたまま自問自答を繰り返す。

君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。
君をもっと、笑わせたかった。

君を幸せにできなかったなー。

ほいで、久しぶりに顔を上げたら、目が真っ赤になっていた。俺は正直困った。白目が充血しているのではなく、黒目が充血して赤目になっていたからだ。

行き詰まった俺はいつも行ってるカウンセリングの先生に相談した。先生はしばらく、考えて、これって、アベンジャーズじゃないですか?と言った。赤い目の関連性から兎という発想でちょっとジャンプしてみましょうかと少し半笑いで言われた。半信半疑でジャンプした瞬間、軽く40メートル。つまり自由の女神の鼻先のあたりまで飛び上がっていたんだ。俺もびっくりしたけど、先生のほうがもっとびっくりしていたぜ。着地の瞬間絶対に膝やると思ったけどちなみにやらなかったぜ。

俺と先生は、ヒーローではなくビジネスの道を選んだ。少しだけ練習すると、俺は、黒のカラーコンタクトと、丸いめがね、紺色のスーツに白のシャツに蝶ネクタイを合わせて着用し、「タイムマシンでふらっとやってきた未来のNN」として都内の小学校前でジャンプしまくって先生とTKコプターの実演販売をしまくったら「飛ばないTKコプタ―」は飛ぶように売れた。
結論的にはすぐに、SNSで叩かれて、北関東シリーズの初めの方でぽしゃった。今はS玉県のはじっこのほうに住んでいる。電柱とカラスが多い悲しみのCITY。たまに電柱に飛び乗って富士山を見たり、電線に蜂蜜を等間隔に一滴づつ垂らして雀に整列を教えたりして暮らしている。夕日をバックに無意味に整列をする雀たちを君にも見せたくてどうしようもない時もあるがそれはそれとしてやめとくわ。

カントリーミュージックのルーツはアメリカ南部のどこどこだとか、あるいはカントリーBホールだとか諸説あるが、俺のルーツは結局のところ君だった。どこに行っても心の一番奥底にある独房のような地点で君が好きだったものを集めて自問自答を繰り返すだけ。

 君をもっと、笑わせたかった。

君をもっと笑わせたかったなー。

きゃっきゅ。









鐘勢