「刺青」ヒラノ
今回は汚い、辛いのそれですので、ご準備ください。
話は長くなります。
24ぐらいの時だと思う。
入墨を入れました。
我が身ながら、なんか良くわかんなかったの。あいつもそいつもあんな奴も、とにかく皆んなして入墨を入れたの。
あんまり言いたく無いけど…
これって誰が読んでるか特定出来ないからね。
俺は俺でふくらはぎに入墨入れたの。
スタジオに行くわけ。「ふくらはぎに七福神の布袋様を入れたいんです!」
布袋様が好きなんだよね、キャラクターとして。
怒られるわけ、激しい剣幕で初対面のその彫師に、すっごかった。
「お前よ、神様は心臓より上に入れるのがスジだろ?」
すっごい怒られ方したの。
「なんで初見で?」「神様?」「胸より上に?」
なんなのこいつ?
そんなルールあるんだ…
最初に言ってよ。
で、仰向けになって寝台に乗って、「じゃ、彫りましょう?」となるわけですが、
ここで彫師のお友達が到着、
「あ、お前は今日まだ仕事?今日チョコあるんだけど…」
ここで言うチョコとは大麻樹脂である。
「え?そんなんやってきちんと仕事出来るんですか?」
そりゃ不安になるでしょ。
俺に入墨を入れるって最中に、そいつラリってんのよ?
普通に怖くない?
そんで、俺も吸って、針が入るわけだけど、本当に痛いの。さっきより、だからシラフの時より、4倍?5倍?わっかんない、マジでめっちゃ痛い。
「くっそ痛ぇ…」
「ま、でも… 動くなって言われたし…」
大麻の有効成分のTHCには鎮痛効果があるとされている。
全然ねーよ、効かねーよ、むしろ肌の感度が上がってめちゃくちゃ痛いよ。
我慢しましたよ、あのね、すっごい痛い、さっきよりもっと本当に痛いの。
これ、言っていいのかな?実は痛み止め飲んで入墨してる連中ってかなりの数いるの。
それで、言われるわけ「ヒラノ君、我慢強いね?」
あのさ、てめぇが言ったんだろ?
「動くな」って、だから我慢してるんだろ。
しかもてめぇはもうラリってる、これ人生の一大事だぜ?
つーか、なんでこいつここまでカジュアルなの?
(おそらく、俺が払った金はそのままそいつの財布に流れて行った、なんせ営業外の施術だし)
大人の皆様、この意味がわかりますよね?
そして、その施術中、聞いたのです。「針ってどの深さまで刺してるんですか?」
もう、すげえブチ切れ!「それ学ぶためにやってるんだよ!」
なんで俺1日2回も怒られてるの?
一応、お客様よ?
どうやらこういう事らしい。
皮下何ミリにインクを打ち込む、という事が彼らの技術で、どれだけの皮膚を、要はどれだけの客を触るかが技術の上下を決めると。
ラーメン屋で言う秘伝のスープだと。
俺の同僚?
3ヶ月ぐらいで墨まみれにされた。
ふくらはぎにインクを打つ、というのが面白い発想だったみたいで「ヒラノ君、ごめん真似しちゃった、
エヘ!?」みたいに言われた。
「ふえ?」
そりゃ見るさ、「何がどうよ?」
俺と同じ右のふくらはぎに黒豹の入墨が入っていた。だが、左腕にはライオンの入墨が入っていた。
しかしそのライオンは草原でリラックスしている姿で草原まで腕に入っていた。「ガオー!」みたいなライオンじゃない。ほんと、何もしてないのんびりしたライオンだった、草っぱらまで入ってて。
そこで怖くなった。
あいつ、だから、その彫師はこいつの事を実験台にしているんだと。
人の肌、それはそれぞれ、故にどれだけ、何人に針を打ったのかが勝負の世界。それが経験となり技術となる。
若い彫師は互いに彫ったりもするとその彫師本人からも聞かされていた。
黒豹にライオンとか、お前は富士サファリパークかよ?センスねーって。
とにかく凄まじい勢いで全身が入墨まみれになっていった。
以来、付き合いは無い。
で、ここからが本題。
来日する外国人とか、まぁ結構な割合で入墨してる人がいるけど、ふくらはぎに鯉を入れてる奴はいない。
ある種の俺の歪んだアイデンティティでもあったわけです。
思いっきり若気の至りですが。
ある日、友人のノボル君が「ヒラノ君、俺も墨入れたよ!」と言ってきた。
「見せて?」と聞くと胸いっぱいに「開放前線」と入っていた。
「開放前線?」何の?どういう事?
と聞くと、
「え?よくわからない、なんとなく、そんな感じ」
はい?マジで?意味ねーの?あんた、それ消えないのよ?
やはりノボル君もまた日に日に入墨が増えていった。
背中にマスクを被ったメキシコ人プロレスラーの墨を入れ、「ごめん、パクっちゃった」とそのレスラーの腕に鯉と当時付き合っていた俺の彼女が入れていた蓮の花の入墨が入っているという、なんと言うか、俺もどう言って良いか、何かもう、「好きにしたら?」としか言えない妙な時間帯がやって来た。
ただ、悪い気はしなかった。
そこから10数年を経て、かな?
仕事中の同僚に「あれ?ヒラノ君って墨入れてる?」と聞かれた。
俺は絶対に仕事、冠婚葬祭では見えない所に入れるという主義だったのだが、ちらりと見えたらしい。
「うん、見る?」
聞けばそいつは元は美大生で通学途中にあるタトゥースタジオに魅了され、そのスタジオから針だのインクだともらって自宅で客を取り、彫師をしているという。
なんだかハチャメチャでデタラメな話だな…
彼の名前はもう思い出せない。パクられて無ければ新宿の初台で今も誰かに入墨を入れてるんだと思う。
で、そこにポッキー君というのが現れる。もう10数年前に一緒に働いていた女の子が「彼氏のポッキーが、彼氏のポッキーが…」毎日が騒がしい女の子だった。
すっごいおっぱいが大きい子だった。
「ポッキー君?」
聞けばやはり当時のその子の彼氏だったと言う。
「ポッキー君さ、その後ってどうなったの?」と聞いてみた。なんせ10数年前の話だ。
「あいつさ、仕事辞めて六本木のキャバクラで働きだしたんだよ」
「そこから芸能人だのなんだの出て来てなんかね…」
ある日、ポッキー君は彼女の化粧棚を見てみた。
大麻が1キロ以上入っていたという。これ、結構なすごい量なの。
で、ある週末の晩、ポッキー君は渋谷に彼女と遊びに行ったのだが、そこにはTVでYouTubeで今もクソ偉そうな態度をしている芸能人がいて「てめぇはあの女のなんなんだよ?」と凄まれて帰るしか無かったという。
彼女は完全にそっちに懐いていて、その晩を境に別れるしか無かったそうだ。
ふーむ…
そして、ある日を境にポッキー君もまた入墨が増えていった。
誰が彫っているのか?さっきの元美大生である。この二人は仲が良かった。
「あれ?ポッキー君、また墨増えた?」
「うん、そう!見る?」
彼はズボンの右足をめくり、鯉の入墨を見せてくれた。
「えー?奇遇ですね!俺も同じ場所に鯉の墨入れてるんですよ!」
おい、ちょっと待て…
話を整理しよう。
まず、その初台の彫師に俺は自分の入墨を見せた。
そしてポッキー君はその初台の彫師に墨を入れてもらっている。(前程にも書いた様に実験台だった可能性も充分にある)
え?あれ?
まさかパクられちゃったって事?
あのさ…
絵で言う、詩で言う、明らかな盗作じゃねーか。しかも他人様の体に入墨をって。
足のふくらはぎに鯉を入れる、これのオリジナリティーは俺よ?だってあなた方だって他に見た事はないでしょ?
これマジで、どうしたものか…
「ポッキー君、それ俺のパクりじゃん!」
言える?言えないよ…
もう消えないし…
あいつ、パクったな、と気づくまで1分ぐらいかかったと思う。
結果として、何も言えなかったの。
何か言いたかったけど。
その日は何も無く終わったのだけど、帰ってから凄まじいモヤモヤがやって来た。
この感情ってなんだろ?これってなんて言うんだろ?わからない…
これって、わからない…
鯉、これが滝を超えれば龍になるという。上り鯉、もあれば下がり鯉もあるという。下がっても良いのだそうだ、また跳ね上がるという生命力のシンボルだとされている。
が、しかし…
丸パクりじゃん?
何しろモヤモヤは収まらなかった。
何これ?ポッキー君に言えば良かった?
収まらねぇ…
パクりやがった…
そして、申告がねぇ
尊敬が無ければサンプリングは成立しない。
うーん… と思う俺もおっさんとなった今、「別にどうでも良くねぇ?」と思えるようになった。
少なくとも俺がオリジンだ。
以前書いたエゴン・シーレの論評において、「私、そういうの昔に書いたよ?」という自称詩人の女性がいた。
しかし彼女はエゴン・シーレのそれを何も見ていない。
俺は感覚じゃなく、雰囲気じゃなく、ノリじゃなく、経験と実感を文字にする。一緒にすんなクソが。いちいち取材してんだよ、お前らはサボり過ぎなんだよ。
あんた311の翌日、何してた?
俺は東京電力の本店がある新橋にいたよ。
そして見たよ、TVに映らない、映せないそれらを。千人規模の機動隊とアスファルトにぶちまけられた牛乳とか。
俺の書く文字は、もっと君らのより重たいんだよ。
まったく…
鯉はどこに逃げていった?
昭和の時代、水質管理の上で鯉が様々な川に放たれた。鯉は強い、鯉が死ぬようならその川の水質は恐ろしいほど汚染されているという事だった。
タフな連中だな。
でね、住まいの近くに上野公園があるんだけど。不忍池に鯉がたっくさんいるんだけど。
実際の鯉は俺の刺青より全然大きいんだよ。アンパンマン、食パンマンあたりじゃ秒殺されるよ。
数秒で食い殺される。
なんか違くねぇ?
これもなんだかねぇ…
最後まで着いて来てもらえましたか?
お時間頂いてありがとうございます。