「周辺シ 2」クヮン・アイ・ユウ
普段はこちらからの一方通行片想いで、叶わぬ恋の相手からある日突然連絡が入った。聞くところによると、バイクのバッテリーが切れてしまったらしい。その人の年齢は高齢者という世代ではないが、持病があって最寄りのスーパーまで歩けない事情がある。息が苦しくなってしまうらしい。何せ普段は会うことはおろか電話でだって簡単には話せない。この機会に色々と尋ねたい衝動に駆られるも何とか抑えて、自分が何時になら到着出来るかだけを相手に伝えて電話を終えた。
約束通りの時間に到着して合図の電話をする。初めて屋外で会う本人は想像の半分くらい痩せ細っていた。電話を除くとほとんど話したことのない相手から、何故かここまでどんな手段で来たんだという質問を受けて驚いたこともあり、少しビクビクした感じで「じ、自転車で来ました」と答えた。ただの世間話なのかなどと質問の意味を考えていると、「バイク乗れる?」と尋ねられた。(あー恐らくこの後この人から受けるであろうリクエストにはきっと応えられないだろうな)と考えつつ、自動車の運転免許もない俺は返答した。「じゃあキックして」と言われ、学生時代のかすかな記憶が再生された。(あーこれバイクのなんかペダルみたいなのを踏むやつだ、あの格好いいやつ)。「ど、どこをどうするんですか?すみません、ほんまにバイクのこと何にもわからなくて・・・車のことも」と狼狽しながら教えを乞った。指示されるがまま見よう見まねでペダルのようなものを踏み込んだ。一回目、何にも音がしない。二回目、同じく。(あ、足痛い。というかこのスニーカー、安物やぁ)。三回目、同じ。(あーもう踏みたくない。痛いわこれ。でもおじさんおるし)。四回目、五回目・・・(もうこれ壊れてるやろ無理やん。バイカーがスニーカーじゃない理由がわかったかも。目的と手段。この世界には目的と手段が逆さまになっていることが多過ぎて嫌になるねんなぁ。はぁ。何回目やろ。はぁ。そりゃあこの人の病状では無理やんな。あー足痛ぇ)。ゥルン。ん、来たかも。もう一回ドゥルン。かすかな胎動のようなものが伝わってすぐ消えた。連続で二、三回踏む。「ちょっとアクセルひねって」「え?どういう意味ですか?」「もう一回踏んで」「はい」ドゥルン ルルルル。「こっちはやるからもう一回踏んで」「ハァ、は はい」。ドゥルン ルルルルルルルルル・・・「フゥフ」「ありがとう」「はい、よかったです。これで年末も買い物行けますかね?」「うん多分。ありがとう」「また、ピンチの時は連絡して下さいね。バイクのこと何にもわからないですけど、買い物に代わりに行ったりとか、今日みたいに踏むだけとかそんなんなら是非!じゃあ、おっしゃってた物買って来ますね!」
(買った物を届ける時、あれこれ聞いたり、約束させたり、説得したり、違うよな。今はまだ、相手から何か話があれば聞いたり、頼まれごとを受けたりするだけにしよう)。