「定点観測、秘密のコンタクト2」ヒラノ
「あのね、僕はここから先へは行けないんだ…」
彼はそう言った
名前も知らないアイツ
職場から実家に帰る途中、彼は待ち伏せしていてパっ!と現れてはある程度俺に着いて来るのだが、その道路は絶対に渡らない
俺を見送る、道路の対岸から
そして彼はいなくなった
その地域だけは妙に野良猫、今で言う保護猫が多く、その地域の人も手厚く保護していたのだろう
野良猫の人生は3年と言われていて、さらに半年に1回のペースで縄張りを巡っての戦いがあるそうだ
とある冬、俺は福島県の自動車教習所の合宿に行っており、宿泊先からのバスの送迎所までは雪道を徒歩で数分歩くのだが、途中に神社があった
その鳥居の真下には鮮魚を入れ運送するための発泡スチロールの箱があり、その箱の中には3匹の子猫が身を寄せ合って3匹とも目ヤニがたっぷりで鼻水を垂らしたり鼻ちょうちんをつくって必死に寒さを耐えていた
3匹ともいつも震えていた
発泡スチロールの棺桶に見えた
あまりにも過酷だ
余談ではあるが俺はその地元の保護猫地域で人面犬も見ている
「え?野良犬?と言ってもちょっと小さいし…」
「都内で野良犬?迷い犬?」
自転車だったのだが折り返して確認しにいった
その犬だか猫だか分からないそれが振り返った時に、思いっきりオッさんの顔だった
「ウソでしょ?!」
そいつは尾竹橋通りへと、とっとこ歩いて行った
犬の様に鼻が長いとか、猫の様に鼻の辺りがふっくらしている、ではなく本当に日本人のオッサンの顔だった
「何あれ?何あれ?何あれ…?」
立ち漕ぎで自転車を走らせた
小さめの柴犬ぐらいのサイズ、茶色い毛、振り返ったらその辺のオッさん
あれって噂じゃないの?本当にいるの?見間違えではないの?
あの無表情な契約社員のような中年のオッさんの顔…
俺を一瞥すると、とっとことっとこと通りに向かう
あれってその後、どうなったんだろう?
と、それはさておき
ある日をもってニューフェイスが現れた
毎朝出勤時にその路地で俺の事を待っていた、待っていたというよりも本人的にはそのエリアのボスという感覚だったのだろう
たぶん俺以外の他の人にもそうだったと思う
俺とすれ違う時に必ず「ニャー!」と言う
俺も「おはよう!」と挨拶をする
「あれ?あいつ今日いないじゃん?」
となれば塀の上から、アパートの2階から「ここだよ!ちゃんといるから!」と挨拶をしてくる
「ニャー!」
この子はいわゆる何をされても怒らない子で抱っこでもチューでもなんでもござれだった
毎朝、彼に会うのが楽しみになった
「あれ?今日いないの?」
「ここ、ここ!君の事は見ているからね!」そんな声が何処かでキャッチ出来た
「ニャー!」
何処かって何処なんでしょうね?
でも、本当に聴こえた
そして、いなくなった
一切見なくなった
おそらく縄張りをぶん取られたんでしょう
引っ越しをしたのか、あるいは車に轢かれたのか
いや、彼は絶対にそのエリアから出る事は無かった
故に車に轢かれたはありえない
とにかく自分のテリトリーに入って来る(猫サイドからすれば侵入)人間に挨拶をし、返さないと強要してくる俺にとっては新しい生き物だった
嬉しかったし楽しかったが、出勤前で時間も無くウザ絡みされるのには少々困ったのも本当で、近所の餌をやっているだろうオバさんに「撫でてやって!この子は何しても大丈夫だから!」と2重のウザ絡みを何回も受けている
なんと言うか…
よく喋るバーの愛される迷惑かつ名物マスターの様な存在、なのかな
ここでちょっと少し…
彼がいなくなったという事はニューカマーがその地域に参入した事を意味すると思われる
すると先ほどのオバサンはアイツの事をどう思っているのだろうか?
「あらぁ!新しい子なのね?」
「オバサンが毎日あんたにご飯あげるからね!」
オバサンは僕以外の猫にも優しくするし、オバサンは僕のことあんまり好きじゃなかったの?
俺は猫のウィスカーパッドと呼ばれる、あるいはマズルと呼ばれる鼻の辺りにあるぷっくりした部分がたまらなく好きだ
可愛いのである
可愛いは正義である
可愛いは正義と同義である
俺はある日のタイミングで正義を失った
なんて幸せな攻防だったのだろう
とっくに死んでるんだろうね
いっぱいの愛を受けて、そして与えて
「あなたはベジタリアンですか?」
「いいえ」
「あなたはヴィーガンですか?」
「いいえ」
多くの矛盾を抱え俺は平然とした顔で今日も生きる
なんだよ、これ?
息を吸うように豚を捌き、鶏を串に刺し、牛を喰う
あれは殺していい、これは食べちゃダメ、そういうのはヤメて!
誰のルール?何のルール?覚えてる?コウモリのスープ
「米を持って来いよ!ライス!ライス!肉にはラ・イ・ス!」
お米だって植物で生き物だよ?
サボテンの実験で植物にだって心があるとも言われているよ?
あいつらの能書きなんてどうだっていい
そんなに肉を喰らう者が嫌いならサバンナでも森でもどこでも行って熊だの虎だのライオンにでも相手に啓発セミナーやってな
そのむかーし昔、お釈迦様は腹を空かせた虎に自らを食べさせたのだとか
いい事を教えてあげるね?
お肉って、美味しいんだよ
あやふやなルールの中で俺は闊歩する
アイツラは喰えないよ
どうしてもね…
「あのね、僕はここから先へは行けないんだ…」
俺のルール