「昼の銭湯」 中川ヒロシ

2023年04月06日

仕事を辞めて、銭湯に 真っ昼間から
出掛けた。湯に浸かりながら、頭の中で 、履歴書に本当の事を書いてみる。

前職では中古レコード屋で、働いていました。接客の際に「それ買うなら、クリムゾンのレッド聴かなきゃ」と自分なりの親切を述べていたところ、店長に注意され「君、フロア向かないね。」と倉庫でグリーンデーなどのブート(海賊盤)ビデオのダビングをさせられました。倉庫には男性数名が従事していて、一人十代後半の美少年がいました。「こんな非合法な仕事して、大丈夫なんでしょうかね?」という僕に、仲間の一人は、「大丈夫でしょ。コピーしたって、ブートには元々版権がないんですから」と納得させる事を言う。何でも司法試験を六回落ちて、今は頭を休めているそうだ。「仕事終わったら飲みに行きませんか?今日は中川さんの歓迎パーティーなんで」と誘われた。

近くの居酒屋で、酔いが回って来た頃、仲間の一人が、「今まで誰にも言わなかった秘密の思い出を一個ずつ言ってみませんか?」と言った。その場のノリで、皆が彼女を突然ベットに誘って、その夜急に交わったとか、青春チックな思い出を語っていた時、美少年の番になった。「これバラさないですよね?」と言って少年は、話し始めた。「俺の彼女って、吃音酷いんですよ。それで、前のバイト先の更衣室で、陰で彼女の悪口言ってるやつがいて、俺はそれが許せなかったんで、翌日そいつが交差点に立ってる所を、背後から金属バットで思いっきり振り抜きました。あ、翌日朝刊とか真剣に見ましたけど、死んでないと思います。今でも麻痺とかはあるんじゃないですか?」と言った。場がシラケたが、弁護士志望の彼が「大丈夫っしょ、一年も経ってたら、もう時効っしょ」と言った。皆がだらし無く笑ってその場はお開きになった。会計の時、僕はその少年に電話番号を聞かれて、嫌だなあと思いながら教えた。

その後 中古レコード屋は、悪事がバレて簡単に閉店した。僕がその後失業していると突然あの美少年から携帯が鳴った。「今からそっちに行って良いですか?今、バイト先の金庫盗んでパトに追われてるんですよ。」僕は「困るよ。今家にいないし」と電話をきった。

それから数年後、TVを見ていると、「少年院24時間」みたいなドキュメンタリー番組で、その美少年が囚人としてモザイク処理のピースマーク姿で写っていた。

そんなことがあったある日、僕は例の弁護士志望の青年が、あの美少年の彼女と一緒にいるところを、ばったりスーパーで会った。今、同棲しているそうだ。僕が「大丈夫?」というと彼は「大丈夫っしょ、恋愛の自由は法で保証されてますし」と言った。彼は司法書士になっていた。僕らは立ち話をして別れた。

僕はどうしてか、この時の誰のことも
嫌いではない。強いて言えば、あの日クリムゾンのレッドを買ってくれなかったお客が嫌いだ。








中川ヒロシ