「畑月記 5月」へちまひょうたん
私のいちばん好きな作家、石牟礼道子の『アニマの鳥』という小説に登場する「六助」という名の年老いた小作人。
彼は天草の「小ぉまい畠」を何十年にもわたって入念に手入れし、黄金の麦がひときわ輝く「美しか畠」に仕上げ、その姿に人々は感服する。
「土はふっくり柔らかそうじゃし、小石ひとつなか。」
いつか六助やんの畠のような、美しい畑をつくりたい。
私にはそんな夢がある。まだまだ道のりは長い。
5月は定植の季節。心配だった夏野菜の苗たちも無事大きく成長している。自宅から畑へ、せっせと車に積んで運ぶ。
トマト、ナス、バジル、シソ、トウガラシ、キュウリ、カボチャ、ネギ、ニラ・・・。どの苗をどの畝に植えようか、水はけや日当たりを見ながら、あとはその場の雰囲気と直感でテキトーに決めていく。無計画即興農法。
畝の上にトマトの苗を3~4本、60cmほどの間隔をとって並べ、植える位置を決める。
植える位置の草を刈って鎌でちょっと耕す。モグラの穴だらけなので、穴を崩して平らに均す。
小さなスコップで苗の根鉢がすっぽり入る程度の窪みを掘る。
窪みに根付きのニラを数本挿してから、トマトの苗を植えていく。ニラはトマトの守護神みたいなものだ。
植えた苗が倒れないように、竹の支柱を立てていく。
苗と苗の間に、バジルやレタスなどの葉菜類を植えていく。
苗の周囲も何ヶ所か草を刈り、マメやらゴマやらの種を播いていく。
ナスやトウガラシ、キュウリやカボチャなんかも、トマトと同様に植えていく。
キュウリの畝には蔓を這わせるための網を張る。
ナスやキュウリやカボチャの苗を1本1本、寒さ除け・虫除けのための行灯で囲っていく。
ひとつひとつの手順にやたらと時間がかかってしまう。くたびれて畑にぼーっと立ちすくんだりしている。もっとサクサクッとできるようになりたいなぁ。
作業は1日では終わらない。今月は週に3回ぐらいは畑に通ったが、すべての苗と種を施すのに半月以上はかかってしまった。
しかし出来栄えはまあ悪くない。うまく育ってくれれば、夏にはパラダイスだ。
これから夏にかけて整枝や間引き、こまめな草刈り。
土に肥料は施さず、雑草やワラを敷き、その上から米ぬかを撒いて土の中の微生物を応援していく。米ぬかはコイン精米所でいくらでもタダで手に入る。
あとは天と土と植物自身に任せるだけだ。枯れたら枯れたでそれでもいい。
昨年の秋に播いた大麦が、もうすぐ収穫を迎える。
大麦の穂は日に日に黄金色を増し、西日に輝く光景は何とも遥かな気持ちになる。サウダージとはこのことか。
六助やんの畠に少しは近づけただろうか。
遠い昔、ここ奈良の山奥に海人族が拓いたといわれる集落の、西に向かって開けたこの谷は、石牟礼道子がいつも眺めていた不知火や有明の海と、なんとなく繋がっている気がする。
夕日のむこうに、あるはずのない海が見える。