「詩人の恋」椿美砂子

2023年02月06日

 詩人の恋とはなんて浪漫的なのだろう
幼い時、実家の父に何故パパはママと結婚したの?と訊くと父はママが美しかったからだよと答えた 父は母と私の写真を眺め、ママは美人だろうと指差した 
 実家の父は詩人なので詩人ならではの答え方だと思う なので私は幼い頃、このやりとりが本当に嬉しかった
 その会話を思い出したのがもう二十年以上前の山形文学祭で出逢った詩人との会話だった
 佐々木誠くん、当時三十代だった
詩人の伊藤啓子さん田口映さん神田義和さん私の次男三男、
そして誠さん
 人懐こい彼は出逢ったすぐ、はいっと詩集空中ピエロをくれた
 赤い小さな詩集は瑞々しく私は夢中に読んだ 
 そして誠くんは僕は新潟の詩人長澤忍さんをリスペクトしてる 彼のレントゲンXは僕のお気に入りなんだ
 私は新潟で長澤くんと凄く仲いいんだって伝えると目を輝かせて そこから誠くんと手紙のやり取りや電話で話すのが始まった
 暫く電話で話しているうちに誠くんは恋人が居てもうすぐ結婚をするんだと電話口で言った 好きになった経緯は片翼の天使って小説があるから、あのまんまの恋だから絶対読んで あんな出逢いなんだと誠くんは言い 彼女が美しかったから好きになった これは運命だからと詩人らしく言ったその後私はその小説片翼の天使を読むと風俗嬢と作家の恋の話だった
 読んだよって電話をすると嬉しそうに あんな感じと誠くんは言った 
私は胸がいっぱいになった でもこの恋おかしいとは言えなかった お店でしか彼女とは逢っていないこと 本当の名前を僕にだけ教えてくれた 子供が居てシングルマザーで子供の人数がニ人だったり三人だったりで彼女は自分の子供なのに人数を間違える可愛いところがある この前は冷蔵庫が壊れたって言ってたからお金を渡したらちゃんと冷蔵庫の写真を撮って見せてくれたんだ
その頃は携帯電話がない時代だ 
凄くいい子で僕が実は詩人なんだって伝えたらかっこいいって言ってくれた 
 彼の惚気話は続いたけれど
私にはそれ可笑しくない?とはどうしても言えなかった
 暫くしてから誠くんから電話が来て彼女に借金があると言う でも僕は
それを頑張って返してあげるんだ 
僕も実は彼女に逢う為に借金いっぱい作ったけれどね
 私が子供がいるんでしょう?と言うと
誠くんが嫌だったら子供はみんな親に育てて貰うしって彼女がそこまで言ってくれるけど
僕は彼女の子供なら可愛がれる よその子は駄目でも彼女の子供ならもう僕の子供のようなものだから
 もう私には何も言えなかった
その電話の翌日 詩人の神田義和さんから電話が入り
 誠があの女に殺された
と一言言った 
納屋で首を吊ったのだ
私は前日、あの彼女との話を電話で訊いていたから信じられなかった
 あまりにも純粋であまりにも無垢であまりにも好きになってしまい絶望してしまったのだと思う
 その数日後から誠くんのお母様から電話を毎日のように貰い長い長い手紙と葉書が届いた 
多分誠くんのお母様は今の私くらいの年齢だろう 誠くんを失う数年前に誠くんの弟である息子を交通事故で亡くしたそうだ
何故私から神様は子供を2人とも奪うのかわからないと電話口で泣きながら言った
 それは半年くらい続き 暫くぶりに誠くんのお母様から電話が来て
あの女がやっと誠の墓前に来てくれた これからは命日には毎年来るって言ってくれた
本当は誠と一緒になるつもりだったと泣きながら言ってた 
 一緒になれないと言ったらこれから死ぬって言ったけれど本当に死ぬとは思わなかったと言っていたと
 誠は馬鹿だね、あんな美人好きになって あんな綺麗な女が誠を好きになってくれるわけないのに でもあの女を許すことにした
と電話を切ってそれからは一年後くらいに一回電話があり今は全く電話はないすみません
あまりオチのない話ですが
私は詩人の恋と言うとこの恋を思い出す
詩人の一途さ、危うさを
いつかこの実話をうんと甘く切ない小説にしたいと思っています