「読心術」中村祐子

2022年05月24日

わあ、このお人形あなたが創ったの?凄いね〜!
いまにも喋り出しそうね。
ユミの部屋の飾り棚に置かれたアンティークドールはガラスの瞳が埋め込まれた
本格的な人形だった。
関節もちゃんと曲がり、ゴブラン織りのドレスもとても似合っている。
私とユミはデザイン学校の同期、結婚後も隣町で暮らしているのだがお互い子育てで忙しく会うのは結婚式以来だ。

ありがとう、と人形の傍らで静かに微笑むユミ。彼女は最初の子供を死産でなくしていた。

悲嘆にくれていた彼女の噂を聞きつけたかつての恩師の強い勧めと手助けにより
この人形を創りあげる事ができたのだそうだ。

昔の人の知恵なのか、私と同じ境遇の女性が人形を作る事はよくあるのですってね。
更にユミが言う。
私が病院を相手取って裁判を起こした時に、あの人おかしな方向に行っちゃったのよ。
絶対子供が出来ない相手、つまり若い男の子と恋愛してたみたいなの、それで私しばらくパニックを起こしていたんだけどその時に、この人形が喋ったのをきいたのよ、
お母さん今だけだよ、大丈夫ってね。
妄想なのか、錯覚なのか解らないのだけど、1度だけなのだけど、ね。

今は子供二人に恵まれたからもう遠い出来事みたいになってるの。
あの人の気持ちも戻ってきたからこの話もする事はなくなったけど、ね。
そうなんだ...
何だったんだろうね、
人形が読心術使って話かけてきたのかね?

そんなユミの打ち明け話を聞きいた家までの帰り道、昔別れた辰雄のことを想いださずにはいられなかった。
辰雄のことはずっと考えずに今まで来たのだけれど。

辰雄もまるで読心術を使うように、振る舞う男だった。

私と辰雄が付き合うきっかけのあの日。急にやって来た土砂降りと雷。
友達の溜まり場だった辰雄の部屋から、仲間達は蜘蛛の子を散らすように帰ってしまった。
安普請のアパートのワンルームには帰りそびれた私と辰雄の二人だけ。

きみ今友達と私のことを天秤にかけてるね?

友達の彼だけど、不協和音が鳴っている事を知っていた私。

君私と付き合っても幸せになれないよ、サラッと言う。
そう
生い立ちで決められた者の醒めた物言いだった。

断言されれば反論したくなるではないか、

謙遜と自信過剰とナルシストと読心術の罠なのだろうか
まんまとはまって身動きが取れなくなってしまった。
私でも人を変えられると錯覚していた。

今でこそ冷静に考えられる。

あいつは世慣れたフリをして、反面寂しいガラス玉のような瞳で女心を誘うのだ。

その瞳に暖かさを見いだしたくてつい躍起になってしまった苦い想い出。

そして案の定、そのやり方で
彼なりにちゃんと幸せにしてくれるご令嬢を見つけて結婚した。
満面の笑みで結婚式の写真には収まっていたそうだ。

私は互いの瞳の中よりも先を見つめる人を探したくなった。

ただそれだけの話だ。読心術はあんまり使わぬ方がいい
自分が解らなくなると困るから。

今は焦点を感情のままに合わせる事はしない。
そして読心術は人形に任せる事にしている。







中村祐子