「趣味の盗聴」公社流体力学

2021年09月23日

「趣味の盗聴」

 皆様こんにちは。表題通りの趣味についてのエッセイを書きます。
 ある日のことです私はいつも通り趣味の盗聴をしておりました。といっても、皆様勘違いをしないで下さい、決して何かしらの悪用をしようと考えてのものではありません、あくまで趣味の盗聴聞いて楽しむだけのものです。ヒーリングミュージックみたいなノリで川のせせらぎとか焚火の音とか聞くじゃないですかアレです。いや、でも人のいやらしい音ととか聞くんでしょうとか疑い深い人はまだいるでしょう。純粋な趣味の盗聴というのはそういうものではないんですよ、そりゃ衣擦れの音ぐらいは聞こえてくることはありますでしょうが私が聞きたいのは歩く音、座る音、何かを食べる音、本をめくる音。何気ない日常の生活音なのですよ。勿論それで興奮する方もいらっしゃるでしょうがあたくしはそんな異常性欲はお持ちではないんですよ。些細な生活音には現代生活でいらだった私の精神を落ち着かせる力あるのです。
 マンションの隣人は20代の女性です。黒髪が美しい女性ですが別に私は彼女とどうこうなりたいという思いはありません。そもそも、隣人が誰とか興味はないのです。現に、2年前までは30代の男性が生活しておりました。何かにつけてOASISのアルバムをかけながら作業するのが好きらしくパワフルな生活音が聞こえていましたが、アダルトビデオの音声が聞こえてきた時は苦笑しました。まぁそういうこともあるでしょう。私はそういう時は音声を切りました。その音にはヒーリング効果がありませんから。
  さて、その日はなんだかガサゴソ音が聞こえて来ました。まぁ、掃除や模様替えするとき出る音ですので休日はやっぱり模様替えだよなぁだなんてお思いました。でも、ずっとその音が聞こえてくるのでもしかしたらこの方も引っ越してしまうのではないかと。単身者向けのマンションですし、恋人と同棲することになったとしたら狭いので引っ越してしまうでしょう。現に前の30代男性は結婚を機に出て行ったのです。一応反対側、彼女の部屋は私の右の部屋で左の部屋にも住人はいるのですが下品な音しか出さず、引っ越す気もなさそうなので彼女がいなくなれば上の住人の音声を聞くしかないなぁと思っておりました。
  突如音が消えました。驚きましたが驚きませんでした、そりゃ部屋を片付けていたら見つかることもあるでしょう。私は遠隔で盗聴器の電源を落とすと予備の盗聴器を動かしました。しかし、一切音がしません。これもダメかと思って切ろうとしたときに音が聞こえました。微妙なみじろぎ音。なんだ動いてるじゃないか、そうか盗聴器を見つけたら怖くて動けなくなるからなと思い次の音を待っていましたがなかなか聞こえない。いくらなんでも、ビックリして動けない時間が長すぎる。どこかに出かける音も聞こえなかった。これはもしや驚きすぎて気絶してしまっているのではないだろうか。だとしたら大変申し訳ない。私は昨晩のおかずである筑前煮をタッパーに詰めておすそ分けとして隣人を訪問しようかと、チャイムの音で目を覚ましてくれるかもしれないしお詫びもできるしだなんて逡巡したりしてとりあえず立ち上がるとまた音が聞こえました。目が覚めたじゃないかと思ってまたスピーカーの前に座り直すと、聞こえなくなった。
 不自然だ。彼女の生活パターンではありえない音が流れ続けている。盗聴器を見つけてからいくら何でも動きがなさすぎる。盗聴されることを恐れてなるべく動かないようにしているのか?いや、だったら部屋から出るはず、出ていないんだもの。
 音を思い出す、身じろぎする音と立ち上がる音だ。それ以外何も聞こえていない、聞こえないので盗聴器が見つかっているのかと思ったり彼女が倒れているのかと思ったくらいだ。そのたびに引き留めるように音が聞こえた。そう、私が何かするたびに音が聞こえたのである。おかしいくらい同じタイミングで。
 私は手をたたく、スピーカーからも手をたたく音が聞こえる。337拍子だ。彼女が337拍子で手をたたくはずがない。と、するならば予備は今私の部屋にある。すでに見つかり私の部屋に設置し直された。誰に、彼女に決まっておろう。なんじゃこれ。
慌てて、本来の盗聴器の電源を付け直すと
「もしもし聞いていますか」
と、喋りかけられたのですっ転んでしまった。いや座っているので倒れたというのが適当だろう。
「もしもし、聞いてますか黙ってないで答えてください。あなたの部屋の盗聴器、私も聞いてますから喋ってくださいよねぇ聞いているんですよね、ねぇほら話してください。ほら早く」
「あ、すいませーん隣の部屋のものです」
「あ、ようやくしゃべってくれましたね」
「今回はどうも大変お騒がせいたしました」
「あなたは私をどうしたいんですか」
「どうしたいとかじゃないんですよ、あのこれ趣味の盗聴なんですよ」
「趣味ですか?」
「はい、焚火の音を聞く感覚で聞いています。ほら私、リビングだけで風呂場お手洗いには一切仕掛けていないじゃないですか。私が聞きたいのは生活音だけなんですよ」
「どうして私なんですか」
「隣人だからですそれ以外の理由なんてまったく存在しません」
「あなたはストーカーじゃないんですか?」
「ストーカーじゃないですよ。だって盗聴以外何もしていないですから。あなたの部屋が荒らされたこともないでしょ、ゴミも荒らしていないし。勿論あなたを撮影したこともないですよ。私の部屋ご覧になりましたよね?そういった類は一切見つからなかったでしょ」
「じゃあ危害を加えるつもりはないと」
「ええその通りです」
舌打ち一つ「じゃあ、この盗聴器を壊していいですよね、あなたの部屋にある物も、今あなたが聞いている受信機も」
なかなかお値段の張るものだがまぁ不快感を与えてしまったのだからしょうがないだろう。私は了承した。5分後に出かけるので盗聴器を持って出かける準備をしてくださいと言われた。
 私がマンションの廊下で立っていると解体屋が使うやつかな?なハンマーを持った彼女が出てきた。マンションからしばらく歩くと河川敷があるのだが、そこに到着する彼女は全ての盗聴器と受信機を地面に置いた。ハンマーを大きく振り上げると1回2回3回4回5回無数のハンマーを盗聴器と受信機にむかって喰らわした。1回で盗聴器は粉々になったがそれでも執拗にハンマーを振り下ろした。どんどん元の形を失っていき鉄の塊となっていく、それでも彼女は何度も何度も何度も振り下ろした。彼女は笑っていてかわいらしかった。
 それ以降私は趣味の盗聴は行っていない。

 さてつまり一体何が言いたいかというと趣味で人に迷惑をかけるなということです。












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