「was/am」石渡紀美

2022年02月11日

忘れてしまったわけじゃない
自分の年齢を誰に向かってでもなく叫びたくなる夜や
地図の果てまで自転車を駆って
日が暮れて結局帰ってくる家
容れものは少し古びて(しなびて)
あの頃みたいな張りはないけれど
中身はあんまり変わらない
メモリーの容量はもう増えない
日々うつろになる記憶と
ときどき不意に戻る思い出
あきらめの悪い向上心を連れて

ハロー
私は自己肯定感なんて言葉のなかった頃の若者
流行りの自分探しに巻き込まれて
幸せとは
と問い続けた結果がこれだよ

まだ人生は続くようだ
解像度は落ちている(もちろん視力も)
その代わりに手に入れた
みえなくてもあるものはあると信じられる心
明日の食材をたしかめて
そしてまたまぶたは重たくなる
生きなくちゃ
なんて思ったことはなかったよ
生きなくちゃ
と思わせられただけだ
人生の第二章は
感謝と驚きが待っていた

目が覚めてそこがどこだかわからない
かたわらにいるはずの赤ん坊は
自室でスマホをいじっている
ドアの向こうから流れてきたうたに
思い出したわけじゃない
忘れていたわけじゃない
いつでもそこにあったはずだ
いつでもここにあるはずだ
なんか大丈夫な気がするんだよ






石渡紀美