イエス,アイムカミング(2)荒木田 慧
「オマンコみせて」
開口一番、男たちは言う。できることならどんな臓器だって今すぐ洗いざらい見せてやりたいと思うけれど、性器の露出はあいにく違法だ。そう決めたのもまた男たちではなかったか。変なの、と私は思う。
サイトのメールボックスに見知らぬ会員からメールが届いている。添付画像をクリックすると、隆起した男性器がモニターにでかでかと表示された。こういうタイプはメールを寄越すだけで決して客にはならない。金にならない相手に付き合ってはいられない。やれやれと画像を閉じる。一度、顔までしっかり映った全裸画像を送ってきた人がいて、それだけは思わず「おとこらしい」と微笑んでしまった。覚悟のあるいい顔をしていたから。
そのころ私の爪は、軍服みたいな迷彩色をしていた。はじめは一色だったのが、角から少し剥がれるたび、別の色を塗り重ねていくうちそうなった。私はずっとむかし軍人で、殺したことも殺されたこともあったような気がする。
11月、友達が死んだ。ドラッグストアに寄って黒のマニキュアを買った。チャットルームのモニターの前に座り、爪をひとつずつ黒く塗りつぶしながら客が付くのを待った。入ってきた客に私は、友達が死んで葬式があること、迷彩色の爪では気が咎めること、だから上から黒で塗り隠しているのだと説明した。
左手の小指を塗り終えるまでのあいだ、その人はじっと待っていてくれた。はやくオマンコを見せろとは言わなかった。どこかとても遠い街の、郵便局で働いている人だった。香典代はそれで稼いだ。
通夜が終わり、翌日の告別式は中央のかぶりつきに座った。会って話したのはたった一度きりだった。踊りと詩と母を愛した人だったんじゃないかと思う。友人の最後のそれは動かないという踊りで、言葉のない詩と同じに見えた。
2年前の秋、広瀬川にかかる橋を歩いていたときだったと思う。
「女には子どもを産んでほしい」
通話口の向こうで友人はそう言った。
「産みたくない」と私は答えた。
全く気が合わない同士だった。というかむしろ嫌いだった。寂しそうで苦しそうで、それを全然隠さない人だった。
「男は故郷に帰る、女は男に帰る」
友人は何度かそう私に言って聞かせた。異国の踊り子の言葉だといった。
ああそうですかと相槌を打ちながら、どこにも帰ってたまるかと私は思った。
「オチンチンみせて」
気がへんになりそうだった。土曜の夜の地下室で、私は恋人に懇願する。新しい恋人は慎み深くて、オチンチンなんか絶対に見せてくれない。
(続く)