中川ヒロシ詩集「僕がいない町」 清原修志
先日、Facebook友達の中川ヒロシさんが詩集「僕がいない町」(土曜美術社出版販売)を出したと知り、さっそく購入しました。
中川さんのFB投稿は、いつも驚かされる内容で、とても心がザワザワします。いつの間にか、中川ヒロシワールドのとりこになってしまいました。
この詩集にはドラマがたくさん詰まっています。
これは、ドキュメンタリーなのか?
まったくのフィクションなのか?ここに書かれていることには、メッセージがあるのか、あるいは、そのような深読みを拒み、ただ受け止めて欲しいのか。
そんなこと、考える必要はない、読んで、その魅力を堪能できたら良い、そんな気持ちで、ページをめくっていました。
感情が引き裂かれそうになる。
気づいたら、腹を抱えて笑っている。
知らない世界に、連れていかれる。
日常の中の発見を鮮やかに描く。
寂しくて、誰かと手をつなぎたくなる。
もどかしい。
スッキリする。
自分は、こんなに情緒不安定だったのか?
いつの間にか、引き出しが開いていた。
私は、中川さんの言葉に共感する。
知らない世界なのに、共感する。
共感していることを忘れ、ただ惹き込まれている。
誰かにこの詩集のことを伝えたくて、購入したAmazonのカスタマーレビューで、以下のように書きました。
「人と、人の営みへの、愛のあるまなざしと突き放し、すなわち観察」
ロックバンド「エゴンシーレ」の活動から始まり、詩人として言葉を紡ぎながら、ポエトリーリーディング(いわゆる「詩の朗読」)や腹話術など、さまざまな形で表現活動を続けている中川ヒロシさん。
その最新詩集「僕がいない町」には、さまざまな人たちの、さまざまな営みが、詩という形で表現されています。
さまざまな人たちがそれぞれ絵の具のチューブからパレットに絞り出され、それが絵筆でキャンバスに塗りつけられていくような、そんな印象を抱きました。
それはおそらく、中川さんの紆余曲折の人生経験によって身についた観察力・洞察力によってもたらされる、説得力のある絵画です。
愛のあるまなざしと突き放し、すなわち観察によってもたらされる詩の世界。
人がいて、カニがいて、カミもいて、そんな混沌とした世界を、今まで私が出会ったことがないようなスタイルで描かれた詩の数々。刺激的で、感情を揺さぶられます。
人の世界は寂寥としていて、かつ賑やかで、慌ただしく、もの静か。
読みながら、そんなことを感じました。