「ほっともっと保谷店」 馬野ミキ
ほっともっとで座って、特からあげ弁当を待っていたら店内BGMでバッハが流れだした
そうすると年齢不詳の小男が半ば興奮した様子で
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
とまわりの客や、店員さんに聞きだして
だけれどみんな驚いて誰も声をあげられない
「え?ちがいます?ですよねですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」
確かにそうだ
これはバッハの無伴奏チェロ組曲1番ト長蝶だ
その場にいたすべての人間に思うような返答をもらえなかった彼は
最後に俺のところにやってきて
俺の顔を覗き込むようにして
「これ無伴奏チェロ組曲1番ですよね?」と聞いてきた
俺は、
「違います」
と言った。
小男は「ちょんぼり」と言いながらしょんぼりした顔をして
その場にへたれこんだ
時計の針は動き出し、皆お弁当を選びだしたり
あるいはレジスターの「7」と「9」と「4」の部分がダイナミックに弾かれ
また、誰かのミックスハンバーグ弁当は作られた
空は泣き出した
君の上空でだけ
強い心的外傷を受けた彼はショックで10cmくらいのミニに縮小してしまった
そしてずっと子どもみたいに泣いてる
身長10cmくらいだから泣き声もとても小さくって
でも俺にはよく聴こえた
64番の特からあげ弁当をお待ちのかたぁ~
いよいよ俺がたつ時がきた
俺は箸袋からつまようじを取り出してきみに渡したよね
10cmのきみは
なみだを拭いて立ち上がり
つまようじのタクトを、ディズニーフィルムの初期のアニメーションのように元気よくふるい
そのあとに目を細めて
ヴィオラの音量を少し下げさせた
あなたは正しい
これはバッハの無伴奏チェロ組曲1番だ。