連載:これも愛やろ、知らんけど ⑧Love me Tinder 河野宏子

2024年08月03日

家庭を持っていても、夫婦どちらも料理が苦手なら外食をすれば良いし、食器も食洗機が洗ってくれる。掃除が苦手ならロボット掃除機に任せるなり家事代行業者を呼ぶなりすればいいし、今では洗濯もほとんど洗濯機がやってくれる。育児は大半が親の役目ではあるけど日中は保育園や学校があるし、ベビーシッターもいる。セックスが苦手な妻を持つ夫はお店に行けば良いし、同様の夫を持つ妻は、はて、どうするのがいいのか。

仮に彼女をミセスロビンソンと呼ぼう。

ちょっとだけ裏側の世界には女性用風俗というのがある。ミセスロビンソンは検索して最初に出てきたサイトを見た。すると女性ウケを狙った容姿をした男性スタッフがぼかしの入った顔写真でずらっと紹介されており、しかもこのご時世なので、ご丁寧に感染症の『検査済』マークが太鼓判のように入っている。家畜かよ。彼女はどうにも笑えてしまって、この人たちに身体を触らせるなんてお金もらっても無理だわましてや数万円とられるなんてまっぴら、と検索履歴を消してサイトを閉じる。 

続いて、マッチングアプリというのがあるのも知っていたのでダウンロードして登録する。都会に住んでいればあっという間に何かしらのアプローチがくる、彼女はその中の10人と会う約束をするが、いきなり二人きりになるようなことはしない、LINEではていのいいことを言っていても、いざ閉鎖した空間に入ったら薬を盛ったり動画を撮ったり、暴行したり金品を盗む輩もいるかも知れない。いくらなんでもリスクが大きすぎる。面接が必要だ、誰でもいいと息巻いて目の前でがっついている服を着たゴリラと、自分の指定したカフェで、彼女はなんとか1時間の対話を試みる、もちろん危険回避のために飲みかけのグラスを置いて席を立ったりはしない。面接というよりもう苦行だろこれ、と彼女は奥まったカフェの天井を仰ぎ見る。10人と話して、なんとか言葉が通じるかしこいゴリラは1人だけだった。二人きりになる前に会社の名刺をよこせと言ったら渋々出した。気弱でかしこい、そして誘惑に弱い、少しだけ愛すべきゴリラだと彼女は思う。グーグルでその会社が実在すること、ゴリラがそこの社員であることを確認する。そしてようやく二人きりになったら、お利口ゴリラはまるっきりの不能だった。時間返せ×××野郎、となじりたい気持ちと同時に、不愉快な手が触れたせいで身体に汚れが染みついてしまった感覚と、また別の部分ではなぜか自分の不甲斐なさが、ミセスロビンソンの胸に一挙に押し寄せた。

どうしてこんな危険な目に我が身を晒しているのか、よくわからなくなってきたわ。
夫のことが嫌いなわけでもないのに。

ミセスロビンソンは昼下がりのコンビニで氷結のロング缶を買って、歩きながら飲んだ。
氷結はだんだんしょっぱくなって、それは彼女の涙と鼻水の味だった。







河野宏子