連載:これも愛やろ、知らんけど 15 乱視の子

2025年03月05日

季節の変わり目はいつも特にほぼ毎日着るものがないような切羽詰まった気持ちになる。クロゼットは既にはち切れそうなのに。それで新しい服を探しに行っても、今度はなかなか着たい服がない。

これじゃない何かがほしい。ここじゃない何処かに行きたい、1日でも早くこの人生から救われたい。大人になったら、あるいは母親になったら、少なくとも中年になる頃にはこんな気持ちからは卒業できているはずだったのに、おそらく人生の折り返し地点であろう年齢を過ぎてもまだわたしは月曜になると「今週のしいたけ占い」をチェックしてしまう。

この足りない感じはコンプレックスそのまま。欠けている部分だけを見ているつもりは無いのに気づけばそこばかりを見て勝手に苦しんでいる。むかーし、なんでもできて育ちも容姿もいい女の子がお茶に誘ってくれて、高級住宅街のカフェで心底不思議そうにわたしに言った。「あなたは既に幸せに囲まれてるのに、どうしてそんなに苦しそうなの」と。就職氷河期に幸運にも大手の契約社員になって好きな仕事をし、その傍らで詩を書いて朗読し、今の夫と付き合い始めたばかりの頃だった。夫に対してこんなに好きになれる人間は他にいないだろうとすら思っていたぐらい、確かに幸せな人間だったはずなのに、わたしはやっぱり何処か別の場所に行きたくて苦しかった。愛されてるねと言われても信じるものかと思っていたし今でも思っている。目に見えないものでも確かにここにあると分かったら、失う恐怖を抱えて生きなきゃいけなくなる。つまらない。全然すごくない。これが自分の幸せだなんて認めたくない。ここじゃないどこかに行きたい。

わたしが幸せに囲まれてる、そういった女の子、彼女の持っている"普通"も"当たり前"も、わたしのちっぽけでチープな普通と全てが違ったから、恥ずかしくてたまらなかったことを今でも覚えている。リカちゃん人形みたいなこんなに素敵な女の子と友達みたいにお茶を飲んで。勝てるわけがない、俯いて、わたしははにかんだふりをした。勝つとか負けるとか、そもそもフィールドが違うのに。そしたら帰りの電車で、息が苦しくなった。その頃せめて特別になりたくて着ていた和服が突然鎧みたいに重く感じられてどうにかなりそうで、特急電車の中で脱ぎたくてたまらなくなった。肩で息をしながら梅田の地下街で安物のワンピースを買い、試着室で着替えて帰った。足元は草履のまま。

その数年後にわたしも母親になった。ポンコツなうちの息子はまさにわたしの子で、パジャマは裏返しで着る、宿題をためるし、筆箱の中にはなぜか赤鉛筆ばかり5本入っていて、上履きの右と右を持って帰ってくる。自慢できるのは優しいところと、メロディを記憶するのが得意なこと。こんなうちの息子を、よそのよくできたお子さんと取り替えてあげましょうと言われたってそれは絶対にいやなんだ、どんなにアホでめんどくさくてもわたしはこの子の母親でいたい。誰かと比べるなんて、そもそも不可能。わたしより息子を優秀に育てられる母親はいっぱいいるかもしれないけれど。

仕事もダンスも若い子に追い越され、不器用で、何にもうまくできないので、自分のつまらなさに泣けてくるときがある。なんでもできて綺麗な人になりたかった、話しかけたら喜んでもらえる人間になりたかった。こんな鈍臭くてしょぼい人生は嫌だ。泣きながらクロゼットの服何枚かに鋏を入れる。泣いていると世界が一段ときらきらしてくるのは子供の頃からで、生まれつきのひどい乱視だから、なんてことない夜の国道や川面に光の粒がいっぱい見える。みんなこんな風に見えてるんだと思っていたけど違うんだと大人になってから知った。きらきらの中には詩があって、蛍や桜の花びらみたいにそれを捕まえて詩にする。キャンデーのようにポケットに溜めて、仲良くなりたい人にあげる。記憶にある4歳の時からずっと、わたしにはこれしかできないのだ。ピンクのフリルのドレスよりも、深緑のゴブラン織のワンピースが似合う子供だった。わたしがわたしで良かったって、わたしにキャンデーをあげたいって、いつかわたしは思えるのかな。






河野宏子